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「どうだかな。しかし、実際のところ、おれはね、もう悪の原因を究明しようとする風潮にあきあきしてるんだ。もうおまえにもそろそろわかっているだろう、世のなかに悪人はいない、すべての個人はこう考えながら罪を犯した――『神よ、どうかお許しください、ほんとうに善良なわたし、善人のわたしはすでにあなたのもとにいて、地上のわたしはその影でしかないのです』、あるいはまったく罪だと知らずに罪を犯したと。やりきれないんだよ。本当にやりきれないんだ。だからおれは何かのせいにしてしまおうと考えたんだ。そう、たとえば、あいつのせいにしようと考えたんだ。スパ。
ゲムスパのあいつのせいにしようと思ったんだスパ。
ゲムスパのスパくんスパ。
スパスパスパ。スパスパスパスパスパ」
「そんなにスパスパ煙草をのんだら身体に悪いぞ」
「スパスパスパスパスパ」
「落ち着けよ」
「殺してくれ」
「え?」
「頼む。殺してくれ。こいつのせいでおれの指先はとられちまった。おれの指先だったのに。おれが何十年も鍛えてきた指先だったのに。散文韻文美文例文なんでもこいの指先だったのに。いまはもうこいつにとられちまった。おれの唯一の誇りがとられちまったスパ。助けてくれスパ。ひとおもいに殺してくれスパ。スパスパスパ。スパスパ。早くしてくれ。ここにナイフがあるから。ほら」
テーブルの上にナイフが投げられた。投げる力は弱々しかった。ごろんという音がした。
29.藤田を殺す
30.藤田を殺さない