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プロの翻訳者が有志日本語化に抱く想いとは?『VA-11 Hall-A』武藤陽生氏インタビュー「自分が納得のいく翻訳をしたい」【有志日本語化の現場から】

海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。今回は視点を変え、プロの翻訳者が有志日本語化をどのように見ているかに迫ります。ゲーム翻訳に携わって10年、自身も『Gone Home』などの有志翻訳を手掛ける武藤陽生氏に話を訊きました。

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  • 『VA-11 Hall-A』スクリーンショット
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  • 『Gone Home』スクリーンショット
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武藤氏の代表作(公式翻訳)『VA-11 Hall-A: Cyberpunk Bartender Action』
近未来都市の片隅にあるバーを舞台に展開する人間ドラマをバーテンダーの目線から描いたアドベンチャー。

海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。今回は視点を変え、プロの翻訳者が有志日本語化をどのように見ているかに迫ります。

日本語化とは海外のゲームを日本語で遊べるようにすることです。その中でも、デベロッパーやパブリッシャーによる公式の日本語化ではない、ユーザーによる非公式な日本語化を有志日本語化(有志翻訳)と呼びます。一般的にボランティアで行われ、成果物は無償で配布されます。

有志日本語化には、デベロッパーやパブリッシャーが許可する範囲内で行われるものと、無許可のものがあります。許可されているものには、Mod(ユーザーによる改造)が公式に認められている場合や、直接許可を得ている場合などがあり、最近はインディーゲームを中心に有志日本語化が公式日本語版として採用される例も出てきています。

「有志日本語化の現場から」では、日本語非対応の海外PCゲームを独自に翻訳している有志日本語化チームの声をお届けします。なお、本企画で取り上げる個人および団体は「メーカーの許可範囲内」もしくは「メーカー公認」のもとに活動しています。



連載第5回はプロのゲーム、出版翻訳者である武藤陽生氏(以下、武藤氏)に話を訊きました。武藤氏は『Gone Home』『The Vanishing of Ethan Carter』の有志翻訳を手掛け、公式翻訳には『VA-11 Hall-A: Cyberpunk Bartender Action』などの代表作があります。今回のインタビューはDiscord上でおこない、武藤氏の発言はインタビュー時の表現をなるべく尊重して掲載しています。

武藤陽生(むとうようせい)氏 略歴
ゲーム、出版翻訳者(英日)。ゲーム翻訳に携わって10年。
翻訳学校フェロー・アカデミーでゲーム翻訳特別講座の講師を務める。
有志翻訳『Gone Home』『The Vanishing of Ethan Carter』。
公式翻訳『VA-11 Hall-A: Cyberpunk Bartender Action』など。
訳書『スーパー・コンプリケーション』『暴露:スノーデンが私に託したファイル』『スーパーベターになろう!』『クロニクル』『戦力「内」通告』など。

武藤氏の代表作(有志翻訳)『The Vanishing of Ethan Carter』
死の間際を見る超自然的能力を持つ探偵が凄惨な殺人事件を推理する一人称視点のアドベンチャー。


仕事としてのゲーム翻訳


自分の日本語力に疑問を感じていない人がけっこういるんですね
――プロの翻訳者になったきっかけを教えてください。

武藤氏海外旅行したことですね。30歳目前でバックパック旅行に出たとき、英語を使った仕事を意識しました。旅行から帰ってきて、すぐに翻訳学校の出版翻訳の講座に通いました。出版翻訳は狭き門ですし、自分にそんな仕事ができるかどうかわからなかったのですが、とりあえずチャレンジしてみようと思いました。

――ゲーム翻訳者になったきっかけはなんですか?

武藤氏昔から洋ゲーが好きで、海外のゲームに触れることが多かったのですが、それを翻訳する仕事があるということはあまり頭にありませんでした。たぶん、ゲーム会社の社員が翻訳していると思っていたのでしょう。翻訳学校に通っていたときに、そうしたゲーム翻訳の求人があるのを見て、そうか、ゲーム翻訳という道もあるのかと初めて思いました。

――ゲーム翻訳に必要な能力はなんだと思いますか?

武藤氏ゲームへの情熱、日本語力、英語力だと思います。最初の2つはどちらが重要か、難しいところです。英語力はあとから伸ばせるので、最初はそれほど重要ではないと思っています。日本語力を伸ばすのはなかなか難しいですが、伸ばそうと思えば伸ばせるかもしれません。そういう意味では最初に最も必要なのは情熱ですね。

――英語力より日本語力の方が伸ばしにくいのはなぜですか?

武藤氏これまで生徒を見てきた経験からすると、自分の日本語力に疑問を感じていない人がけっこういるんですね。自分の日本語の使い方がまちがっているとは夢にも思っていないから、国語辞書を引かない。英語力については、自分はまだまだだと思っていれば、ひんぱんに辞書を引くと思いますが、日本語についてはなかなか同じことができないんですね。

――翻訳学校の講師としての経験ですね。日本語力とは語彙の多さですか?

武藤氏語彙というのは、自分にとってはそれほど重要ではないですね。たとえば「が」と「は」のちがい、どこで「のだ」を使うか、どこに読点を打つか、そういったところがプロになれるかどうかの境目になるような気がします。語彙については、最近ではオンラインの無料で使える類語辞典も充実していますし、その気があればその場である程度カバーできます。

――このインタビューはDiscordのテキストチャットでおこなっていますが、いくつかの単語をひらがなで書いているのも意図的なものですか?

武藤氏そうですね。自分は出版翻訳もしているので、本を1冊訳すときには、表記にある程度の統一性が必要になります。その統一した表記をだいたいどこの場面でも使っています。まあ、それほど厳密ではなくて、気分によって漢字にしたりすることもありますが。

武藤氏の代表作(有志翻訳)『Gone Home』
消えた家族の謎に迫る探索特化型のアドベンチャー。90年代アメリカの家庭を再現した雰囲気も特徴。

――翻訳を通じて新しい知識が得られることはありますか?

武藤氏翻訳というのは調べものが仕事みたいなところがありますから、毎日新しい知識が得られます。逆にいえば、好奇心が強くないとつらいかもしれません。たとえば、ノンフィクションを訳すときはそのジャンルで使われている用語、表現、基本的な知識を学ぶために、関連書籍を何冊か読んだりします。今は北アイルランドが舞台の小説シリーズを訳していますので、北アイルランドの紛争の歴史を勉強しています。訳しているうちに北アイルランド独特の表現が出てくるので、そういった勉強にもなっています。

――翻訳が難しい表現にはどのようなものがありますか?

武藤氏ゲーム翻訳特有のケースでいえば、テキスト内に変数が含まれていない場合です。翻訳には基本的にExcelを使うのですが、セルに「Day:」としか書かれていない場合がけっこうあります。『VA-11 Hall-A』でもそうでした。これは開発者が変数をセル内に含めて「Day:xx」(xxが変数)と表記してくれれば、「xx日目」と訳せます。しかし、変数がセル内になく、苦肉の策として「経過日数:」などと訳すしかない場合が多くあります。そのように訳すとゲーム内では「経過日数:9」のように表示されるのですが、日本語の表現としては不満が残りますね。

――良い翻訳ができるかどうかは開発者しだいということですか?

武藤氏開発者に頼んで変数をセルに含めてもらうなどの対応をしてもらえることもありますが、ゲームの発売時期や多言語対応で日本語だけそのような特殊な対応をしてもらえないケースもあります。そういう意味では、開発者が翻訳に理解を示してくれるかどうかが、ゲーム翻訳者が納得できる翻訳をできるかどうかの分かれ目かもしれません。

――翻訳にはExcelを使うとのことですが、翻訳支援ツールは利用しないのですか?

武藤氏使うケースと使わないケースがありますね。自分が今依頼を受けている翻訳会社には、CAT(Computer-Assisted Translation)ツール必須の仕事はありません。自分がCATツールを使うケースはかぎられていて、基本的にはある程度大きなプロジェクトに途中から参加する、もしくは多数の翻訳者のうちのひとりとして参加するケースだけですね。このようなケースでは用語の統一の観点から、使ったほうが仕事が早い場合があります。

――他の翻訳者も同様ですか?

武藤氏自分の知り合いのゲーム翻訳者も同じような使い方をしている人が多いような印象ですね。インディーゲームをひとりで翻訳している人が多いので、あまり使う必要を感じていないのだと思います。『VA-11 Hall-A』も10万ワード以上の作品でしたが、全部ひとりで訳したので、CATツールは使っていません。キャラクターの口調や訳語は基本的に自分の頭に入っているので、使う必要をとくに感じなかったのですね。

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《FUN》

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