プロの翻訳者が有志日本語化に抱く想いとは?『VA-11 Hall-A』武藤陽生氏インタビュー「自分が納得のいく翻訳をしたい」【有志日本語化の現場から】 2ページ目 | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

ハードコアゲーマーのためのWebメディア

プロの翻訳者が有志日本語化に抱く想いとは?『VA-11 Hall-A』武藤陽生氏インタビュー「自分が納得のいく翻訳をしたい」【有志日本語化の現場から】

海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。今回は視点を変え、プロの翻訳者が有志日本語化をどのように見ているかに迫ります。ゲーム翻訳に携わって10年、自身も『Gone Home』などの有志翻訳を手掛ける武藤陽生氏に話を訊きました。

連載・特集 インタビュー
記事サムネイル
  • 記事サムネイル
  • 『VA-11 Hall-A』スクリーンショット
  • 『VA-11 Hall-A』スクリーンショット
  • 『VA-11 Hall-A』スクリーンショット
  • 『Gone Home』スクリーンショット
  • 『Gone Home』スクリーンショット
  • 『Gone Home』スクリーンショット

プロの翻訳者から見た有志日本語化


有志翻訳者からプロになる人がもっといてもいいとは思いますね
――プロの翻訳者が無償の有志翻訳を手掛けた理由を教えてください。

武藤氏まずそもそも『Gone Home』がすばらしい作品だったというのがあります。当時自分はAAAゲームを大人数で翻訳する仕事をメインでやっていたのですが、今後は少人数もしくはひとりでインディーゲームを翻訳したいという気持ちがわりと強くありました。AAAゲームの翻訳はどうしても“one of them”という形での貢献になってしまい、翻訳者の名前が出ることも稀でした。自分の名前で、自分の納得する翻訳をしたいという思いが強く、それでプロとして名前を出して翻訳することにしました。

――プロであってもゲーム翻訳者の名前が表に出ることは珍しかったのですね。

武藤氏当時はほかに名前を出す手段もなく、無償でしたが『Gone Home』がほんとうに名作だったので、作業はとても楽しかったですね。のちにPS4版でも翻訳を採用してもらったり、同じスタジオの『Tacoma』を有償で翻訳させてもらったり、翻訳学校で『Gone Home』のテキストを使わせてもらったりしたので、お金以上の価値があったと思います。

――その頃から現在までの間にゲーム翻訳の世界でどのような変化がありましたか?

武藤氏まずAAAからインディーに移行した翻訳者が多いと思います。これはPLAYISM、架け橋ゲームズなど、インディーのローカライズを手がけるパブリッシャーが増えてきたこととも関係しています。ほかの一線で活躍している翻訳者がどう考えているかは正確にはわかりませんが、やはり小規模のタイトルをひとりで翻訳するほうがやりがいがあるんではないかと思います。

――小規模なタイトルの方がやりがいがあるのですか?

武藤氏ここで重要なのは「小規模」ということではなくて、「ひとりで」というところです。ある程度以上のクオリティの翻訳が2つあった場合、最終的にどちらを選ぶかは好みやこだわりの問題になります。その好みやこだわりを追求できるほうが、やはりやりがいとしては大きいでしょう。

――その翻訳を選ぶのは翻訳者ですか、ユーザーですか?

武藤氏最終的にはユーザーですが、大事なのは翻訳者が納得しているかどうかです。翻訳者が納得しているのであれば、ユーザーに選ばれなかったとしても、それは自分でそう訳したんだからと受け止められます。そのときのユーザーの意見をその後の翻訳に活かすのか、それとも我が道を突き進むのか、それは翻訳者の自由です。ただその前段階として、自分が納得した翻訳をユーザーに問う、という過程が必要です。その「納得した翻訳」ができる場というのが、今だとインディーゲーム翻訳が一番近いと思います。


――有志翻訳の変化はどのように見ていますか?

武藤氏有志翻訳コミュニティについては、実はあまりよく知りません。最近はDiscordで開発者が有志翻訳者を募っていたり、オンラインの翻訳ツールで共同翻訳することが多いらしいくらいの認識ですね。有志翻訳は自分でプログラムをいじったり、発売後にプレイしながら翻訳できるので、環境によっては商業翻訳よりクオリティの高いものもできると思っています。

――有志翻訳者はプロの翻訳者から仕事を奪っているとの意見があります。プロの翻訳者としてどう考えていますか?

武藤氏自分はそう感じたことはないですね。有志翻訳が出ていても商業翻訳も出るゲームもありますよね。『Undertale』とか。商業翻訳すべきとパブリッシャーが感じている作品は有志翻訳の有無にかかわらず商業翻訳が出ていると思います。『Disco Elysium』など、利益などの観点から商業では出しにくいゲームもありますし、そういったタイトルの有志翻訳が出るのはユーザーにとってもありがたいのではないでしょうか。基本的には有志翻訳と商業翻訳はバッティングしていない、というのが今の自分の考えです。

――有志翻訳が出ていても商業翻訳が出される理由はなんだと思いますか?

武藤氏一番大きいのは、公式な日本語版を出すことで金銭的な見返りがそれなりにあることが見込まれる、ということではないでしょうか。

――逆に、有志翻訳が存在することで公式日本語版を出す金銭的な見返りが減少することもありますか?

武藤氏どうでしょうね。有志翻訳を使えるのはPCユーザーだけですよね。日本でPCゲームをやる人は、ゲーム業界にいるとあまりわかりませんが、実際はかなり少ないと思います。インディーゲームでも、それまで日本では全然売れていなかったけれど、ニンテンドースイッチやPS4で出したことで爆発的に売れたということがけっこうあるようです。家庭用機で売るためには商業翻訳が必要になりますからね。

――PCゲーム人口の少なさが有志翻訳と商業翻訳を両立させているのですね。では、有志翻訳者とプロの翻訳者はどのような関係を築くのが理想だと思いますか?

武藤氏今のままでいいんではないでしょうか。それぞれが自分の仕事をやっているという状況です。関係という線からは少し離れるかもしれませんが、有志翻訳者からプロになる人がもっといてもいいとは思いますね。有志翻訳者って日頃からゲームをよくプレイしているし、少なくともそのタイトルを翻訳してから実際にプレイしているでしょうから、ゲーム翻訳について、プロの翻訳者よりすぐれている場合もあると思います。

――プロの翻訳者よりも優れているのですか?

武藤氏自分の翻訳をゲームに実装して確認するような仕事を受けられるプロの翻訳者は、かなりかぎられています。作業工程としてはLT(Linguistic Test)やLQA(Linguistic Quality Assurance)といいますが、僕はゲーム翻訳においてはこの工程が一番重要だと思っています。この工程を体験している有志翻訳者は、それだけでかなりの経験を積んでいるといえるので、僕がゲーム翻訳会社の人材採用担当なら、日常的に有志翻訳している人にまっさきに目を向けるかもしれませんね。


――有志翻訳者からプロの翻訳者になるにはなにが必要ですか?

武藤氏変な言い方かもしれませんが、ゲーム翻訳会社の求人に応募すればいいと思います。その一歩を妨げているものは、「自分はただの有志翻訳者だし」みたいな思いかもしれませんが、一歩踏み出してみてほしいです。

――他に必要な能力はありますか。最初のお話にあった日本語力はどうですか?

武藤氏もちろんありますが、あとからついてくるものもたくさんあります。自分も出版翻訳の仕事ができるとは思っていませんでしたが、今はインターネットの力で自分の実力をかなりカバーできる時代だと思います。だからあえて必要なものをひとつ挙げるとしたら、Wi-Fiですね(笑)。

――では、そもそもこれからゲーム翻訳を志す人はなにから始めれば良いですか?

武藤氏大前提としてゲームが好きというのはありますね。そこから先のこととして、ちょっと意外に思われるかもしれませんが、個人的には出版翻訳の勉強をするのがいいのではないかと思っています。出版翻訳というのは自分の実力をすべて出せる分野で、これはほかの分野にはない大きな特徴です。

――他の分野では自分の実力が出せないのですか?

武藤氏映像翻訳ならセリフの尺という制限があるし、ゲーム翻訳はそれに加えてテキストがテキストボックスに入りきらない、あるいはDayの例のようなプログラム上の制限がかなり多いです。こういった制限の多い分野だと、自分の実力を出し切れなかったり、最初から制限に配慮した翻訳しか思いつかなくなってしまったりということがあるように思います。

――まず、出版翻訳で自分の翻訳スタイルを確立するのですね。

武藤氏文体というのは翻訳で大きな位置を占めると思いますが、まとまった文章に統一性を持たせて翻訳しようとすることで、自分の文体が確立されてくるように思います。視点やリズムといった、文章を書く上で欠かせないものも身についてくると思います。

――出版翻訳の勉強をするには翻訳学校へ通えば良いのですか?

武藤氏それもひとつの手段ですね。出版翻訳の場合、勉強しようと思ったら、やる気さえあれば原書と訳書を買って首っ引きで突き合せればいいので、独学でもできると思います。ひとり、自分の好きな翻訳者を見つけて、その方の訳書と原書を集中的に読み込むのもいいですし、いろいろな翻訳者の訳書に手を出すのもいいと思います。なぜこの人はこう訳したのか、などと考えて読むことで、多くの発見があるかと。

――参考書のようなものはありますか?

武藤氏書籍でいえば、柴田元幸の「翻訳教室」、安西徹雄の「英文翻訳術」、河野一郎の「翻訳上達法」なども勉強になります。名のある翻訳家がそういった指南本を出しているので、片っ端から読んでいくのもオススメです。翻訳にはある程度のセオリーのようなものもあるのですが、そういったものが身につくと思います。昔から芸道などに守破離という考え方がありますが、翻訳でもそうだと思います。まずはセオリーや学校の先生の教えを守り、そこからだんだん離れていくという感じですね。


ゲーム翻訳の現場から


自分が納得のいく翻訳をしたい
――翻訳者と開発者の関係はどうあるべきだと思いますか?

武藤氏僕たち翻訳者は、最高のゲームに最高の翻訳をつけたいと思っています。最高の翻訳の定義は、あくまで自分が最高と思うという意味ですが、それができるかどうかは、やはり開発者がどれだけ翻訳という作業を重視してくれるかによります。『Undertale』の翻訳が最高なのは、翻訳者も最高なら、開発者も最高だったからでしょう。この、翻訳者と開発者が協力して日本語版をつくりあげていくという過程はゲーム翻訳ならではのものだと思います。

――開発者に特に要望したいことはなんですか?

武藤氏今まさに思っていることを挙げるなら、セルのなかに変数も入れてほしいということですね。これだけで翻訳のクオリティはだいぶちがってきます。そうでないと、あとで「ほんとうはこういうふうに翻訳したかったけど、プログラムの都合上できなかった」と、言い訳じみたことを言いたくなってしまいます。ただ、自分の名前で翻訳している以上、言い訳はしたくないという思いもあり、複雑な心境になります。

――言い訳ですか。

武藤氏これまで何度か「自分が納得のいく翻訳をしたい」と言っていますが、それはそうした言い訳をしなくていい環境、まちがいやゲーム上で意味の通じにくい箇所はすべて自分の責任だと受け止められるような翻訳ができる環境をつくってほしい、もしくはそうした環境をつくるのに協力してほしい、ということです。

――自分の名前で翻訳することにこだわるのはなぜですか?

武藤氏フリーランスにとって、自分の手がけた作品が名刺代わりになります。ひとつの作品を、名前を出して納得のいく形で仕上げられることのほうが、名刺を何百枚配るよりも、キャリア形成上ずっと大きな意味があります。自分も『Gone Home』で名前を出してから、だいぶ仕事がしやすくなりました。『VA-11 Hall-A』のような10万ワード以上ある作品は、今の業界だとひとりに翻訳を任せるということはあまりないと思いますが、そこを任せてもらえたのは、自分の翻訳を信用してもらえていたからだと思います。

――翻訳者が名前を出す上での障害はありますか?

武藤氏フリーランスという立場だと、自分の納得のいく翻訳に到達しないままゲームがリリースされてしまうこともけっこうあります。そういったプロジェクトで名前が出てしまうと、いやここは俺が訳したんじゃないんだよ、とか、ここはプログラム上仕方なかったんだよ、とか、言い訳したいことのほうが多くなってしまい、精神衛生上よくないです。なんでも名前が出ればいいわけではなく、ここでも一番重要なのは「自分が納得している」ということです。

――有志翻訳者はボランティアという性格上、自分の名前を出さないことも多いですが、そのことはどう思いますか?

武藤氏自分は関係者ではないので、その人たちがどういった気持ちでいるのかわからないという前提での発言になりますが、名前を出したい人もいれば、出したくない人もいると思います。参加した人たちが話し合いでリーダーだけ名前を出すと決めているなら、それでいいのではないでしょうか。もしプロの翻訳者になりたくて、自分の名前で有志翻訳を出したいと思っているのなら、そうする機会はいくらもあると思います。

――積極的に名前を出したい人にはその手段があるということですね。

武藤氏たとえば自分は、今後ゲーム翻訳の講座をやりたいと思っていて、気になっていたインディーゲームの開発者10人くらいにコンタクトを取りました。うち7本くらいは返事が返ってきて、教材として使ってもらってかまわないし、なんなら全部翻訳できたらそのファイルを送ってほしいと言われました。探してみたら、自分ひとりで翻訳できる分量の、自分好みのインディーゲームはあんがい見つかると思います。そういったゲームを見つけて、開発者にコンタクトして翻訳させてもらうという形でキャリアを築くこともできるでしょう。

――本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。
《FUN》

遊ぶより創る時間の方が長いかも FUN

元ゲームプログラマー。得意分野はストラテジーゲーム。ゲームライターとして活動する傍ら、Modの制作や有志日本語化に携わっています。代表作は『Crusader Kings III』の戦国Mod「Shogunate」。

+ 続きを読む
【注目の記事】[PR]

編集部おすすめの記事

特集

連載・特集 アクセスランキング

アクセスランキングをもっと見る

page top