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人間は誰でも「幻の世界」を観ている―『Hellblade: Seuna’s Sacrifice』錯覚を起こす認知のトリック【ゲームで世界を観る#11】

幻覚は実は誰にでも見えているものなのです。

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人間は誰でも「幻の世界」を観ている―『Hellblade: Seuna’s Sacrifice』錯覚を起こす認知のトリック【ゲームで世界を観る#11】
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先日グラフィック強化のアップデートが配信された『Hellblade: Seuna’s Sacrifice』。レイトレーシングやディテールの改善が施され、発売当初から話題となったビジュアル表現力がさらに引き上げられています。

本作で主眼が置かれているのは、主人公Seunaが抱えている幻の世界をリアルに表現することです。絶え間なく囁く幻聴や、現実にないものや過去のフラッシュバックが現れる幻視、そこに北欧神話の物語が入り込み、実在と非実在の境が曖昧な世界を探索していきます。

見えないはずのものが見えてしまう、それは特殊な事例のように思えますが、実はこれと同じことを日常的に誰もが体験しているのです。人間は感覚器から受容した情報をそのまま知覚しているのではなく、意識のレイヤーに上がる前に様々な加工を行っています。

代表的なものが「カクテルパーティー効果」と呼ばれるもので、膨大な知覚情報、例えば大爆音のパーティー会場で大勢が騒いでいる中で、それでも目の前にいる人ときちんと会話ができるのは、周囲の雑音の中から特定の重要な音を強調、そして聞き取りにくい部分を補完して認識しているからです。

人間の知覚は悪条件であっても認識、捕捉を遅らせないために「選別」と「補完」の機能をかなり強く効かせています。これがなければ戦場の無線をまともに聞き取ることもできないでしょう。古代の生活を思い浮かべると、夜のジャングルで捕食者の接近する足音が他の音に埋もれてしまっては生死に直結しますね。また、連携した狩りで味方の低く抑えた声が聞き取れなければ獲物を逃してしまうかもしれません。必要なものだけに集中し、多少不明瞭でも意味を察知する、生存や社会生活において大切な働きです。

この選別や補完の効き具合には個人差があり、カクテルパーティ効果を得られない人もいます。ゲームのオーディオ調整でボイス音を大きくしないとよく聞き取れないという人もいるのではないでしょうか。日常生活に支障が出る場合もあれば、対処できる程度で周りには伝えていない場合も。自分が当たり前に知覚している世界は本人だけのもので、個人それぞれが持つ認識の特性によって千差万別の世界を持っているのです。

強めに設定されている「補完」は多少間違っても認識のスピードを優先させるために錯覚をよく起こします。有名な例が、単純な3つの点が「顔」に見えてくる現象で、ビルの窓やコンセントの穴が人の顔のように思えてることがありますね。これを「シミュラクラ現象」と呼びます。顔を認識する仕組みは生まれたときにはすでに備わっているようで、「いないないばあ」で赤ちゃんが喜ぶのはこれに関連しているとみられています。

損傷などによってこの機能が失われてしまうと、顔の形が分からなくなる「相貌失認」に陥り、人の顔を覚えられないのに困っている人が、実はこの相貌失認だったという例も少なくありません。

これと同様に聴覚においても、空耳など無意味な音を言葉として聞き取るものもあり、ホトトギスの「特許許可局」といった聞きなしもその一種です。顔を含め、意味のないものに意味を当てはめて認識する現象を「パレイドリア効果」と言います。多かれ少なかれこれらの仕組みは誰もが持っており、何かの要因で制御が利かなくなってしまうと、Senuaのような幻聴や幻視に苛まれるようになるのです。社会全体の高齢化に伴って増加している認知症では、この制御できなくなったパレイドリアも症状の一つとして現れるので、自分の家の中にある家具を、見知らぬ侵入者と誤認するということもよくあります。大切なのは幻だと否定せず、当人がリアルに感じた恐怖をしっかりケアしてあげることですね。

幻覚というやっかいなものを引き起こす脳の認知機能ですが、認知と現実の齟齬を明らかにする、いわゆる「脳がバグる」現象を楽しめるのが「錯視」です。『Hellblade』でもいくつか取り上げられており、その中でも印象的なのが「ホロウマスク錯視」です。

まずはこちらの映像をご覧ください。アインシュタインの顔を模したプレートがゆっくりと回転していきます。すると途中から凹凸が逆転し、最初に見ていた方が実はへこんでいたと分かります。それが分かっていても、もう一周するとやはり凹みが出っ張っているようにしか見えません。回転する向きも逆になっているように錯覚します。

凹んでいる顔というのは自然界には存在しないために、顔の形を見ると実物と同様の立体感を脳が「補完」して認識していることがよく分かる現象です。2つの目でものを見ただけではなく、無意識に蓄積された経験や本能的なものから「予測」して脳内で組み立てているからこそ、実際にあるものとのずれが生じ、そのずれによって予測が乱される「脳のバグり」が発生するのです。ゲームをやっている時や乗り物で「酔い」が生まれるのも、脳が先読みで予測している動きと実際の動きが一致しないのが原因の一つです。

錯視を利用したトリックアートは人気があり、強制遠近を利用したものはイベントなどで展示されることも多いですね。無限に続く「ペンローズの階段」を使ったエッシャーの絵画や、日本では福田繁雄のオブジェが有名です。これらの作品は私たちが普段感じている「立体感」が現実から離れたところで作られていることを自覚させてくれます。現在普及しているVRもそれらの認知研究の成果であり、仮想空間の立体感も結局はある種の幻覚と言えるでしょう。幻に苦しむこともあれば、逆に幻を娯楽として楽しむこともできる、人間の脳は実に不思議なものですね。

参照:

仮面の裏側が見える人・見えない人:「ホロウマスク錯視」研究 -WIRED

認知症世界の歩き方 -認知症未来共創ハブ

北岡明佳の錯視のページ -立命館大学


《Skollfang》

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