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VRCボクシング開発の秘密~メタバースでボクシング大会を開く

メタバースの利用が広がる中で、そこで何をするのか?が今後のテーマになっています。音楽ライブなどのイベントが多いなか、異彩を放っているのが「VRCボクシング大会」です。

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メタバース空間で行われる徹底的にチューニングされた格闘技スポーツがVRCボクシングだ。画像提供:Reg(土)
  • メタバース空間で行われる徹底的にチューニングされた格闘技スポーツがVRCボクシングだ。画像提供:Reg(土)
  • VRChatのリングサイドで観戦すると、リアル並みの熱気とメタバースならでは応援が見られる。画像提供:Reg(土)
  • 最初は文字だけだったポスターも、今はこんなに進化した。画像提供:VRCボクシング大会
  • VRCボクシング大会のレギュレーション(2022年12月時点)画像提供:VRCボクシング大会
  • VRCボクシングは競技性とゲーム性の双方を重視してバランスをとりつつ開発している。画像提供:Reg(土)
  • VRCボクシング大会はきちんとショーアップされたエンタメ空間だ。画像提供:Reg(土)

メタバースの利用が広がる中で、そこで何をするのか?が今後のテーマになっています。音楽ライブなどのイベントが多いなか、異彩を放っているのが「VRCボクシング大会」です。

VRChatにログインできれば誰でも参加できる、やっても見ても楽しめる仮想世界の競技スポーツとして発展を続けています。

メタバースで真面目にボクシング競技を運営するためには、技術的なハードルもあれば運営や宣伝の課題もあります。それらをどう克服したのか、運営主催者に聞きました。

◆VRCボクシングに注目する理由

2022年はVRやメタバースが一段と現実味を増した1年でした。NHKでメタバースで暮らし交流する人達を追ったドキュメンタリー番組が流され、地上波テレビで「Meta Quest2」のCMがバンバン流されてます。

いま「メタバース」と言えばVRChatが代表と思っていいでしょう。VRChatは単にVR仮想空間なだけでなく、自分で作った3Dオブジェクトを持ち込んで、その動作を自由にプログラミングできます。仮想世界を自分の思い通りに創造することができるのです。

このプログラミング機能を使って、ユーザーによってさまざまなゲームが作られています。テーブルゲームやパズルゲームに加えて、「デッドバイデイライト」みたいな非対称サバイバル、FPS、フライトシムなどなど。

これらのゲームの中で注目すべきは「VRCボクシング」です。日本人の有志によって開発と運営が行われているメタバース空間ならではの新しい格闘スポーツであり、ショーアップされたエンタメでもあります。

今後、メタバースでゲームやエンタメの事業を行いたいと考えている人にとって、VRCボクシング大会は希有な先行事例になりそうです。

◆トリさんがVRCボクシングを始めた理由

VRCボクシングの開発と大会の運営を主催するのは「トリさん」と名乗る青年です。

トリさんは高校生の頃は若いエネルギーが有り余って街のボクシングジムに通い、プロライセンスも取りました。17歳ぐらいから24歳ぐらいまではかなり本格的にボクシングに取り組んでいました。しかし次第に仕事が忙しくなり、ボクシングは趣味で嗜む程度に。

一方で、高校生時代からPCゲーマーでもあったトリさんは、2021年5月ごろ「面白いMMORPGはないか」と探していたところ、VRChatに出会います。VRヘッドセットを買って身体を動かしてみて「これで戦ったら面白いだろうな」と思ったそうです。ボクシングでもゲームでもとにかく戦うことが好きだったので。

2日後には「Udon Boxing」に出会います。VRChat上に作られたボクシングゲームで人気がありました。最初は、外国人相手にずっとボクシングをしていました。
しかし、当時のUdon Boxingの大会は非常に緩く、商品も賞金もなく、誰も練習しないでぶっつけ本番。観客はいたけど、現実のボクシング大会を知るトリさんは、「もっと面白い大会にしたい」と考えました。

そこで当時のボクシング大会の主催者に協力を申し出て、やがて「トリさんがやったほうがいい」と言われて代表を引き継ぎました。

◆最初は誰もこなかった

ボクシング大会を引き継いだトリさんは「VRChatにはコミュニティを作る文化があると聞いたので」VRChat外にあるイベントカレンダーにボクシング大会のお知らせを書き込みました。しかし、2回連続で「誰もこなかった」「哀しかったけど、そんなもんだろう」と。

そこから「どうすればイベントに人がきてくれるか」を考えました。

そこで、宣伝文句を初心者向けに楽しそうにしたところ、徐々に参加者が増えました。毎週改善を続け、ポスターも雑な文字だけの募集から3回作り替えました。参加者は多いときで30人くらい集まりました。

参加者の2割くらいはボクシングや格闘技の経験者で、8割は未経験でした。

◆Udon Boxingへの不満

ボクシングの練習や試合を続ける中で、2021年12月ぐらいからコミュニティ内で不満が明確になってきました。Udon Boxingの最大の問題はシンプルすぎてすぐに遊び尽くされてしまうことなのです。

「格闘技は駆け引きやいろんな要素があるから面白いんです。Udon Boxingは長く遊ぶとデータがわかって勝ち筋が見えてしまいます。するとみんなそれをやってゲームチックになってしまうのが不満でした」とトリさん。

練習会に来てくれる人をもっと楽しませたい。そんな思いで、10人以上に増えた運営の仲間の中から、新しいボクシングゲームに向けたアイデアが出てきました。

◆無償で働きずめでも開発したかった

そんな中でもUdon Boxing大会は徐々に盛り上がり、2021年12月に開催した「VKet2021杯」ではバーチャルマーケットとコラボしました。大田区議会議員のおぎの稔さんをゲストに招き盛り上がりました。

続けて2022年2月のきさらぎ杯、初夏の新人杯と開催を続けたところ、6月ごろにフリーエンジニアのムシコロリさんが「こんなことができるんだ」と仲間に加わり、オリジナルのボクシングゲームの開発が始まりました。

このとき、次の8月開催の「Vket 2022 Summer杯」に間に合わせるんだと、僅か1カ月ちょっとのあり得ないスケジュールを組んで、本業もある中で、ムシコロリさんを中心に毎日朝10時から夜10時まで働きずめで完成させました。

「VKetとコラボすることで多くの人に見て貰える」という思いに突き動かされてのことでした。

◆VRCボクシングのこだわりポイント

・同期の取り方

VRChatはそもそもボクシングのように高度なリアルタイム性を要求するゲームを作るためにできていません。そこでプログラミング上の工夫が必要になりました。

必要な情報をワールド内でローカル(非同期)からグローバル(同期状態)にする処理を実装するところで、ゲームのエンジンがバグってリングが機能せず、ゲーム(試合)が進行しないということもありました。

面白いのはVR機器の都合でタイムラグがある側が有利になることです。情報の同期が遅れると、対戦相手からすると、途中の動作が抜けるのでテレポートしたり、モーションがないのにパンチが当たっていたなんてことになります。

そこでVRヘッドセットのレギュレーションを厳しくし、タイムラグが生じやすいSteamVRやVirtual Desktopの使用を禁止しました。さらにタイムラグがある方が不利になるようチューニングしています。

これによって、観客から見てリアリティのある、リアルスポーツに近いモノができたと考えています。

・格闘技へのこだわり

トリさんを始めとする長年の格闘技経験者たちは「駆け引き」にこだわりがあります。
無闇に打ち合うのではなく、緊張感を持って見合う時間があるべきだと考えます。
VRCボクシングのチューニングと試合レギュレーションによって現実と同じではないものの、似たようなものになったと考えています。

・スポーツの爽快さ

トリさんがVRCボクシングを素晴らしと考えるのは、「VRヘッドセットを付けて運動することの没入感、めちゃくちゃ汗をかく爽快感、実際に人間を相手にしていること」を挙げています。コロナ禍でもメタバースで楽しく健康になれた、という話は参加者からも聞けました。

・ゲーム的要素

本物のボクシングテクニックを活かせるシステムにする一方で、「格闘技をしている人しか勝てないゲームをVRChatでやる意味があるのか」という思いもありました。

「ゲームとしても戦えるよ、格闘技やっていても戦えるよ」というメタバースならではの格闘技にしたい。

そこで、エネルギーを貯めてから一気に放つことができる「ヘビーパンチ」とその上のパワーがある「メガパンチ」の機能が生まれました。

現実のボクシングの正確な再現というよりは、「フィクションの世界の格闘技」というイメージで作っているところもあるそうです。

・競技性を担保する

VRCボクシングを公平性のある競技としていかに成立させるか。これはトリさんたち運営側が常に努力し、がんばって調整をしている点です。

ゲーム性とリアリティ。どちらかに寄せるのは簡単だけど、だれもが長く楽しめ納得できる。その着地点を探し続けています。

◆なぜVRCボクシングなのか?

VRCボクシングは実際にやってみたりVR空間で観戦してみないとわかりにくい点が多々あります。そこで、前回の紹介記事についたコメントに応える形で少し説明してみます。

「ラグで負けたって言う人が出るんだろうなぁ」

これは今回の記事中でも説明している通り、ラグを無くし公平にするチューニングとレギュレーションがありますし、参加者は全員がクラブ活動のように毎週の練習会に参加して技術を磨いています。ゲームというよりはスポーツ競技なので、言い訳する人はいないようです。

「動画みたけどフフってなっちゃった、格闘技っていうから期待してみると損するよ。ヒットボックスに拳のヒット判定をあてに行くゲームって感じ、どっちかっていうと戦闘機のドッグファイト。まあ所詮VRChatって感じだった」

「格闘技」というとフルコン空手や総合格闘技みたいなものを想像してしまったのだろうと思います。VRCボクシングは、格闘技の中でも間合いが遠い競技です。ボクシングとしてもクリンチができないので、アウトボクシングの戦いとなるようです。間合いの遠さと瞬時の撃ち合いの勝負はフェンシングや伝統派空手に近いとも言えます。

「普通に格闘ゲーム観戦でよくね?」

YouTubeでライブ配信を見る場合は、確かに格闘ゲームのライブ配信にかなり近いかもしれません。しかし、実際にVRChatでVRCボクシング大会の会場で見ると、場内の声援が聞こえたり、VRならではのアイテムによる応援もあるので、ライブで格闘技を見ているのに似た臨場感があります。ライブ体験が好きな人には堪らないものがありました。
eスポーツの会場観戦と比べた場合は、移動時間がゼロで済むのが魅力です。

VRCボクシングは、「観客にとっても楽しめるものにしたい」という点が非常に特徴的です。TVのボクシングタイトル戦のようにショーアップされた空間は、ボランティアだけで運営されているとは思えないレベルの高さです。

◆VRCボクシングで現実の試合も強くなる

VRCボクシングの参加者には、プロボクシングのライセンサーや、ほかの格闘技の経験者が何人もいます。

2022年12月11日に開催された、「VRCボクシング大会 SEASON FINAL GRAND SLUM」で準優勝したLupさんも、少年時代からフルコンタクト空手をやって来た人で最近は総合格闘技系にも参加しています。

Lupさんは、現実のフルコンタクト空手では「ちゃんとした成果を上げられていない」状態でした。ところが、VRCボクシングに参加したことで、新しい身体の使い方を覚えて、それを現実の試合でも活かせるようになってきたそうです。

◆メタバースでスポーツする時代

VRCボクシングは、練習会に参加するだけでも楽しい競技です。練習でも全身を使うのでゲームと言うよりはVRで行うスポーツだと思います。

主催のトリさんは、非常にきめ細かい気遣いやフォローのできる人ですが、同時に企画力も交渉力もある優秀なプロデューサータイプの人だと感じました。

VRChatはまだ発展途上のシステムですが、国内では日産自動車やサンリオなど有名大企業が積極的に活用する動きを見せています。2023年以降は、もっと多くの人が利用するプラットフォームになるでしょうし、VRCボクシング大会はもっともっと大きな大会に成長すると思います。


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《根岸智幸》

編集者、ライター、ソフトウェアエンジニア、メディアビジネス企画開発 根岸智幸

ITと出版とオタクの何でも屋。グルメや女性誌や芸能やBLマンガもやりました。キャンギャルやコンパニオンの写真も撮ったりします。
・インターネットアスキー編集長(1997-1999)
・アスキーPC Explorer編集長(2002-2004)
・東京グルメ/ライブドアグルメ企画開発運営(2000-2008)
・本が好き!企画開発運営(2008-2013)
・BWインディーズ企画運営(2015-2017)
・Webメディア運営&グロース(2017-)
著書
・Twitter使いこなし術(2010)
・facebook使いこなし術(2011)
・ほんの1秒もムダなく片づく情報整理術の教科書(2015)
など

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