2026年4月17日、この世にまた一つ、尊い百合作品が生まれました。
わくわくゲームズよりPC向け(Steam)に発売された『淀み海の溺れ唄』は、個人ゲーム制作サークル「空想の工房」が手掛けたダークメルヘン百合ビジュアルノベルです。

本作は、女性同士の強い感情に起因する関係性、いわゆる“百合”を描いた作品でありながら、その2文字でまとめてしまうにはあまりにも残酷で尊い物語。ダークメルヘンと銘打たれた本作は残酷なおとぎ話のような世界観を持っており、かわいい絵とやさしい語り口を通して、過酷な境遇に生きるふたりの関係性が丁寧に描かれています。
日向の草原で風に揺れる百合もいいけれど、昏く冷たい海の底で力強く咲く百合も美しいものです。本記事では、泥の中で美しく咲く蓮のように、淀んだ海でなお美しく咲く百合を描いた『淀み海の溺れ唄』をご紹介します。
なお、プレイレポの執筆にあたり、Steamキーの提供を受けています。
美に執着する海魔の娘と、美に苦しむ人間の少女が織りなす物語
本作の舞台は、人と人ならざる者が共存する世界。豊潤な恵みにあふれた大海原の一角、深く淀んだ海の底に巣食う海魔と呼ばれる醜悪な種族の娘・ギーゼラが、この物語の主人公です。

おぞましい見た目と著しく低い知能を有し、海の中で迫害とも言える扱いを受けている海魔ですが、ギーゼラは一族の中で唯一可憐な美貌と聡明さを有していました。それ故、周囲に自分の想いや信条がなかなか理解されず、癇癪を起こしたり高慢ちきな態度をとってしまう日常を送っています。

ギーゼラは海魔の中でこそ類まれなる美貌を持っていますが、それもあくまで海魔という種族の中での話に過ぎません。顔こそカワイイものの、粘液にまみれた触手や鮫のような歯など、おおよそ異形と呼ばれる造形をしています。そんなギーゼラは、幼い頃、同じ海に棲む人魚からひどい侮蔑を受けたことを引き金に、“美しさ”に対して異常なまでの執着を見せるようになりました。
肌や髪の手入れを入念に行い、装飾品にもこだわりを見せるなど、自身の外見を磨く努力は怠らないギーゼラ。しかし彼女一人がいくら気高く美しくあろうと、海魔への抑圧はなくならず、ギーゼラは満たされません。そんな中で、彼女の美に対する狂信的な想いは美しい女性に対する攻撃性に変わります。

醜さで見下されてはいるものの、知性の欠如による残虐性と攻撃性から、海魔は恐ろしい魔物として同じ海の生き物はもちろん、海を渡る人間からも恐れられていました。ギーゼラは狩りの腕前も優秀で、馬鹿な人間の乗った船を襲っては、捕食目的で若くて美しい女性を狙っていました。
ある日、いつものように癇癪を起したギーゼラは、古い海の掟を破って、海魔の立ち入りが禁じられている「明るい海」に飛び出します。
そこでギーゼラは、声なき声で歌う美しい人間の少女・アイーシャを見つけるのです。

黒曜石のような髪をなびかせた褐色の少女は、飾り気のない質素な出で立ちにもかかわらず、ギーゼラが今まで見た中でいちばん美しい女性でした。
自分より美しい女はすべて食い殺してやる――それが信条だったはずのギーゼラですが、彼女が奏でる“声のない唄”に思わず心を奪われてしまいます。声を持たない彼女の唄は、ただ空気を震わせるだけのものです。深い海の底で神経を研ぎ澄ませて生きてきたギーゼラの心には届いても、人間には聞こえません。そんな祈りのような唄を、なぜ彼女はこんな場所で一人、悲し気に歌っているのか……。
どうしてもその理由が気になり、ギーゼラはアイーシャを殺すことができませんでした。本来であれば最も憎むべき存在であるはずのその美しい少女に、ギーゼラは次第に惹かれていきます。嫌悪と愛情は相反するようでいて、その奥底では“執着”という同じ感情に根ざしています。強すぎる執着心から、彼女はその存在から目を逸らすことができなくなったのかもしれません。
こうして、月夜の晩にだけ、言葉も交わさず、視線すら合わせることのないふたりの静かな逢瀬が始まったのです。
「殺す」か「殺さない」か――選べるものなら選んでみなさいよ!

美しさに執着する海魔の娘・ギーゼラと、美しさに翻弄されてきた少女・アイーシャ。生きる世界も種族も異なる正反対の2人の数奇な出会いから始まるこの物語は、基本的にテキスト主体で進んでいきます。
途中分岐はあれど複雑に枝分かれしているわけではなく、「他のエンドを回収しながら最終的にトゥルーエンドへ到達する」という進め方が意図的に可能な作りとなっています。また、「直前の選択肢からやり直す」というシステムも搭載されており、ボリュームのあるストーリーながらストレスなくリプレイが臨める仕様になっているのも嬉しいポイントでした。
全4種類のエンディングがある本作ですが、各分岐では常に「アイーシャを殺す」か「殺さない」かの2択を迫られます。

どのタイミングで「アイーシャを殺すと決める」かで物語の結末が変化するわけですが、この分岐システムには1つ仕掛けが隠されており、それが非常に印象的でした。他の介入を許さない2人だけの高潔な世界が、この分岐を利用して描かれるのです。筆者はこの演出に涙を流して唸りました。
この仕掛けがこれほどまで胸に響いたのは、そこに至るまでの過程が非常に丁寧に描かれていたからにほかなりません。


物語が進むにつれ、ギーゼラの背負ってきた深い苦しみや、アイーシャが囚われていた想像を絶するほどの苛烈な地獄が明かされていきます。丁寧に描かれたその積み重ねによって、プレイヤーは2人に強い愛着を抱き、その幸せを願うようになる――だからこそ、最後の選択による葛藤と、その後の結果が心に迫ってくるのです。
繰り返しになりますが、アイーシャの過去は、思わず目を背けたくなるほど苛烈なものです。もちろん、いたずらに不快感を煽る悪意あるものではありませんが、心に重くのしかかる出来事が描かれています。ゲーム開始時の注意事項をご確認の上、ご自身の判断のもとでプレイされることをおすすめします。

テキストの完成度が高く感情移入の度合いが強かったため、筆者は本当に辛くて泣きました。が、プレイしたことを微塵も後悔していません。むしろ、この物語に出会えて良かったと思っています。
本作の没入感を語るうえで欠かせないのは、音楽の存在です。全編を通して流れる民族音楽風の楽曲は、絵本のような本作の世界観にやさしく寄り添いながら、もう一段階深い没入感をもたらしています。
とりわけ印象的なのが、アイーシャの“声なき唄”の表現です。言葉として発せられることのない彼女の想いは、どこか悲しげで繊細な旋律によって補完され、プレイヤーの胸に静かに迫ってきます。音楽の力により、本作は“絵本のような優しさ”を保ったまま、より深く感情へと迫ってくる体験へと昇華されています。

さて、本作のキーワードは“外見の美”であるように思います。美に対する価値観は年齢や性別を問わず人それぞれですが、少なくとも本作においては、その美しさが呪いとして作用しているように描かれています。とりわけ、女性であるがゆえに背負わされる役割や視線がふたりを追い詰めていく要因として描かれている点が印象的でした。

ギーゼラは美に妄信的である一方、その美しさから意に添わない繁殖を求められるという恐怖も経験しています。アイーシャが陥った”地獄”はよりあからさまで、美しさは彼女にとってまさしく呪いに他なりません。
己の存在意義を主張するために美を渇望するギーゼラと、望まぬ美によってそれ以外の全てを奪われたアイーシャ。この“女性であるがゆえに負わされた過酷な運命”が、相反する2人を引き合わせたことは間違いありません。
本作において、2人のうちどちらかが男性であったなら、この物語は同じかたちでは成立しなかったのではないでしょうか。その観点から言うと、本作は非常に純度の高い百合作品であると感じました。

さらに特筆すべき点は、この出会いがただ感情のやり取りに留まらない点です。アイーシャとの邂逅を経て、ギーゼラは自身の在り方、そして種族としての立場に向き合い、ある決断を下すことになります。
この部分も、絵本のようにやさしくかわいらしい語り口でありながら、確かな迫力をもって描かれています。美しく聡明な淀み海の女王・ギーゼラの激情が世界を変えていく様は鬼気迫るものがあり、思わず映像作品としての展開も期待したくなるほど胸を打たれる展開でした。

本作が描いているのは、優しくてかわいらしいだけの関係ではありません。痛みや苦しみ、そしてどうしようもない感情を抱えているからこそ惹かれ合った2人の姿です。だからこそ本作は、やさしさだけでは終わらない、確かな重みと温度を持っています。
あえて百合作品としての側面を強く推して紹介しましたが、性別にかかわらず、“この2人でなくてはならなかった唯一無二の関係性”を求めている方にぜひ見届けてほしい物語でもあります。淀んだ海の底で咲く2輪の百合の美しさを、ぜひあなた自身の目で確かめてみてください。
最後に、ギーゼラちゃんのかわいいところをお届けして、結びとさせていただきます。

図らずもギーゼラのいうとおり、これは恋ではなく、愛の物語なのです。
『淀み海の溺れ唄』は、PC向け(Steam)に配信中。5月1日まで10%オフ 1,080円のセールを実施しています。











