
先日、『アーマード・コア』シリーズへの独自の視点からの言及をきっかけに、多くの日本人から「ロボゲー・ロボアニメ詳しすぎな外国人」として知られるようになったオリー・バーダー氏。実は、氏はゲームやアニメを中心として日本サブカルを海外に長年伝えてきた記者であり、様々なタイトルにかかわってきたゲームクリエイターでした。
弊誌の取材に対して、そんな氏がこぼした最近の悩みと言えば「ロボゲーを作らせてくれるスタジオが見つからない!」ということなのだそう。そこで、本稿では、氏の文章を通じて、氏のもつ「ロボゲー・ロボアニメ」への視点や美学の一端をお伝えしていきたいと思います。
私が初代Xboxを購入したのは『鉄騎』を遊ぶためでしたが、そのハードでお気に入りのメカゲームのひとつとなったのが『メタルウルフカオス』でした。ただし、最初からそうだったわけではありません。
2004年当時、私はすでに『アーマード・コア』と『バーチャロン』の熱心なファンでした。これら2つのシリーズは、操作体系やゲームプレイが大きく異なっていたものの、どちらも「高速で移動するメカをどのように照準・捕捉するか」という同じ課題に取り組んでいました。
『アーマード・コア』では、広範囲のFCS(火器管制システム)ウィンドウ内に敵を捉えることでターゲットを捕捉する方式が採用されていた一方、『バーチャロン』では固定式のロックオンを用い、ダッシュ攻撃によって敵の周囲を旋回する仕組みになっていました。
一方で、『Halo』や『Call of Duty』のようなゲームで採用されていた、デュアルアナログスティックによる完全なマニュアル操作方式は、当時の日本のゲームではほとんど使われておらず、そこで登場するのが『メタルウルフカオス』です。
より小型のメカとデュアルアナログ操作

『メタルウルフカオス』に登場するメカは、サイズ的にはパワードスーツに比較的近く、この点は操作性やターゲッティングを語る上で非常に重要です。
メカという存在の問題は、サイズが大きくなるにつれて重量と歩幅が増していくことにあります。前者は、人間よりも重厚な動きを感じさせる必要があることを意味し、後者は相対的なターゲッティング速度が格段に上がることを意味します。
速度の上昇は、一般的なマニュアル式デュアルアナログスティック操作において大きな問題となります。というのも、『Halo』のようなゲームで使われているエイムアシストには速度の上限があり、人間が走る以上のスピードで移動し始めると、実質的に機能しなくなってしまうからです。
つまり、マニュアル式デュアルアナログスティック操作を採用したメカゲームを作るのであれば、理想的にはメカをかなり小型にする必要があり、ここで再び『メタルウルフカオス』の話に戻ります。
このゲームでは、メカが小型だっただけでなく、武器に小さめのFCS(火器管制システム)ウィンドウも採用されていました。ただし、このFCSウィンドウは厳密な照準というよりもターゲットマップに近く、その範囲内に入ったものには攻撃が命中する仕組みでした。
これは非常に洗練された解決策であり、当時であれば海外市場でも見事に機能したはずです。この点については後ほど触れますが、当初の私にとっての問題は、単純にこのゲームが嫌いだったことでした。
このゲームが私を魅了するまで
初めて『メタルウルフカオス』を遊んだとき、私は正直なところ、このゲームが大嫌いでした。私は『アーマード・コア』のような、広い機動範囲とより高速なゲームプレイに慣れていたからです。
さらに、オープニング映像では主人公機が非常に格好いい動きを次々と披露していたにもかかわらず、実際のゲームではそうした要素がほとんど再現されていませんでした。
『アーマード・コア』シリーズでも、オープニングのCG映像に登場する機能が製品版には実装されていないことはよくありましたが、『メタルウルフカオス』のオープニングはゲーム内カットシーンでした。つまり理論上は、映像内で描かれていたことはプレイヤーも実行できるはずだと思えたのです。
怒りが収まるまでにはしばらく時間がかかりましたが、その後、このゲームにもう一度チャンスを与えることにしました。そこでオープニング映像のことはいったん忘れ、改めて遊び直したのです。
最初の数ステージを再びプレイする中で、より制約の強いダッシュの使い方を覚え、各ミッションに適した武器も見つけられるようになりました。
そして、ゲーム特有の移動テンポに慣れてくると、実はこの作品が非常によく作り込まれたゲームであり、再評価に値するものだということに気づきました。
当然ながら、それに気づいた後、私はゲーム内のあらゆる要素をアンロックし、何もかもを吹き飛ばす爽快感を存分に楽しみました。
もちろん、2004年発売の『アーマード・コア ネクサス』もデュアルアナログ操作を採用していたことは承知していますが、それについて語るのは、また別の機会にしたいと思います。
一方で、『メタルウルフカオス』の場合は初代Xbox向けに発売されていたため、『Halo』のようなゲームとの操作感の継承性があり、おそらくそこを意識して設計されていたのだと思われます。
海外市場における大きな機会損失
そもそも『メタルウルフカオス』が海外市場を意識して作られていたことは明白でした。というのも、Xboxは日本では極めて不人気だった一方で、アメリカでは非常に人気があり、さらにプレイヤー自身がアメリカ大統領を操作する設定だったからです。
また、このゲームのもう一つの大きな魅力は、その物語が完全にぶっ飛んでいて、とてもユーモラスだった点にあります。
しかし、その舞台設定や『Halo』風の操作体系にもかかわらず、『メタルウルフカオス』は初代Xbox向けとしてアメリカで発売されることはありませんでした。
その理由としては、9.11同時多発テロが数年前に起きており、本作のストーリーがその観点から見るとかなり物議を醸しかねない内容だったこと、さらにXboxのライフサイクルが終盤を迎え、次世代機であるXbox 360への移行が進んでいたことが挙げられています。
いずれにせよ、これは非常に大きな機会損失でした。というのも、『メタルウルフカオス』が日本と同時期にアメリカやヨーロッパで発売されていれば、大ヒットしていた可能性が高かったからです。
その理由は、数年後に本作がYouTubeや海外のソーシャルメディアを通じて話題となったことにあります。ゲーム内の台詞が英語だったうえ、ストーリーも非常にユーモラスだったためです。
さらに本作は、アメリカで体験版ディスクまで配布されており、発売されないままだったことで人々の混乱をいっそう招く結果となりました。
結果として、アメリカのXbox向けに本作が発売されなかったことが、熱心なファンコミュニティを生み出す要因となり、それが最終的にHDリマスター版の実現へとつながったのです。
時すでに遅し
2019年、Devolver Digitalは『メタルウルフカオス XD』というタイトルで、本作のHDリマスター版をリリースしました。移植としては十分に堅実な出来ではあったものの、実際に発売された頃には、その操作性や戦闘システムは同時期の他のシューティングゲーム(編注:この場合はいわゆるシュータージャンルのこと)と比べてかなり古く感じられるものになっていました。
さらに、近年のレトロゲーム移植でしばしば見られることですが、この移植版はかなり急いで作られた印象があり、Xbox版に存在していた照明エフェクトの多くが『XD』版では欠けていました。それに加え、一部の効果音がオリジナル版に比べて過剰に大きく再生されるなど、奇妙なサウンド関連の不具合も存在していました。
幸いにも、『XD』版は後のアップデートによって修正され、これらの問題の大半は改善されましたが、その時点ではすでに悪印象が広まった後でした。
ここで重要なのは、発売当初のこうした問題に加え、2019年時点ではゲームプレイ自体がかなり時代遅れになっていたため、本作が本来狙っていた海外のユーザー層に届かなかったという点です。
その大きな理由の一つとして、シューティングゲームというジャンル自体が非常に競争の激しく、完成度を高めるのが難しい分野であることが挙げられます。こうした作品を得意とする欧米のゲーム開発会社の多くは、機能面で常に最先端を走っており、非常に洗練された滑らかな操作性を実現していることが少なくありません。
2004年発売のXboxタイトルを、現代の同ジャンル作品に合わせた操作性のアップデートを行わずに復活させれば、それだけで大きな不利を背負うことになります。ましてや、発売時点で移植版に不具合が多く、完成度が低い状態であればなおさらです。
非常に残念なことですが、シューティングゲームというジャンルはその時代性に強く左右されるものであり、一度その好機を逃してしまうと、そのジャンルの多くの作品は実質的に役目を終えてしまう傾向があります。これは、私自身がEpicのような会社で、主要なシューティングゲーム開発に携わってきた経験から言えることです。
それでも、やはり素晴らしいゲームだった
私は今でも『メタルウルフカオス』をとても楽しい思い出とともに振り返ります。このゲームは、当時としては実に特別な作品だったからです。
それから何年も後、私が東京へ移り住み、こちらで働き始めた頃、本作のメカデザイナーである 臼井伸二さんの向かいの席に座る機会がありました。
彼はとても親切でユーモアのある人物だっただけでなく、本作についても少し話してくれましたが、制作はかなり楽しい経験だったようです。
初代Xbox版は現在では入手がかなり難しくなっていますが、『XD』版であれば、多くのゲームプラットフォームで今でも遊ぶことができます。

パッチ適用後は、映像面や音響面も初代Xbox版にかなり近づいています。ただし、プレイ感覚そのものは非常に2004年らしい作りなので、その点は少し大目に見てほしいところです。
こうした機会損失を見るのはいつでも残念ですが、その操作体系やゲームプレイの基礎は、後の『アーマード・コア V』や『アーマード・コア ヴァーディクトデイ』にも受け継がれました。そして、それらの作品は、私がEpicで働いていた頃に友人たちと一緒に遊び、大いに楽しんだゲームでもあります。
いずれにせよ、『メタルウルフカオス』はXboxで私の心を掴んだ作品でした。何しろ、アメリカ合衆国大統領となり、格好いいメカに乗ってホワイトハウスを吹き飛ばす、そんな体験ができるゲームなど滅多にないのですから。
オリー氏とともに「ロボゲー」を作ることに興味のあるスタジオや団体は、この記事の末尾にある氏のプロフィールから個別に問い合わせていただけますと幸いです。







