
1998年1月15日、ゲームバンクよりPS1向けアドベンチャー『ロストチルドレン』(原題:The City of Lost Children)が発売されました。
本作は、映画「アメリ」などで世界的に知られるジャン=ピエール・ジュネ監督の同名映画「ロスト・チルドレン」(1995年)をベースに、フランスのPsygnosis(シグノシス)が開発した洋ゲーのローカライズ作品で、知る人ぞ知るカルト的な作品でもあります。

本稿では、当時の主流である『バイオ』譲りの操作やシステムながらも、その陰鬱で狂気的な世界観と設定やノーヒントの高難度な謎解きなどが、圧倒的な個性とインパクトをプレイヤーに与えていた本作について、一般的なホラーゲームとは異なる「怖さ」の正体は何だったのか、そして寓話的とすら言える本ゲームに込められた意味を考察していきたいと思います。
◆陰鬱と狂気の箱庭─『ロストチルドレン』とは

さてまずは、『ロストチルドレン』のストーリーやゲームシステムなど概要をみていきましょう。
本作は、プリレンダされた3D背景の中をキャラクターが動く、当時の『バイオハザード』や『アローン・イン・ザ・ダーク』を踏襲した固定カメラ視点のアドベンチャーゲームです。しかし、その中身は「戦闘」を一切排除した、極めて純粋でシビアな探索&謎解きゲームとなっています。

舞台となるのは、19世紀のロンドンを思わせる暗く不気味な架空の港町です。プレイヤーは孤児の少女「ミエット」となり、孤独な怪力男「ワン」と共に、狂気の科学者「クランク」に誘拐されてしまった子供たちを救い出すため、この残酷な街を探索することになる、というのがゲームの大筋です。
特徴的なのが、主人公のミエットを含め登場人物たちが皆フルボイスに対応していることです。特にミエットは「エヴァンゲリオン」のアスカ役で人気の声優・宮村優子さんが担当しており、作中では「ダメだわ」とか「無理に決まってるわよ」と言った口癖など、彼女のキャラクター性が垣間見れる場面が豊富で没入感の高いプレイができます。

そして先述の通り、本作は映画「ロスト・チルドレン」をベースにしていますが、映画がワンとミエットの絆、クランクの狂気を俯瞰して描くのに対し、ゲームの方は終始ミエットの視点で街の闇を探索し、映画では深く描かれなかった路地裏や建物の内部まで歩けるのが魅力です。
ただし、実は本作はかなりボリュームが少なく、物語の背景や、登場人物の心の闇、街に隠された秘密など、ゲームとしての掘り下げが不十分であるという明確な欠点があるのが惜しいところ。色々な魅力があるだけに、そのあたりは本当に勿体無いと思いました。

本作の舞台は、常に冷たい霧が立ち込め、ドブ川のような緑色の海水に囲まれた名もなき港町です。時代設定は19世紀末の産業革命期を思わせるレトロ・フューチャーですが、そこにあるのは赤錆びたパイプや怪しく明滅するガス灯といった、退廃的なスチームパンクの世界です。
この世界では、夢を見ることができないために急速に老化していくマッドサイエンティスト「クランク」が、自らの若さを保つために街の子供たちを次々と誘拐し、その脳から「夢」を機械で搾取するという、残酷な悪夢が進行しています。
錆びついた鉄格子、濁った緑色の海、不気味に明滅するガス灯。画面から頽廃的な異臭が漂ってきそうなほど、徹底して「美しくも狂った世界」が構築されているのが特徴であり「ロストチルドレン」の美しさの一つです。

陰鬱な世界観を余す事なく表現するローポリグラフィックは、当時としてはかなり緻密で水準が高く、美しい仕上がり。『バイオ』のような固定カメラ視点は、シネマティックな切り取り方をしていて探索の臨場感がバツグンにあります。

ゲームシステムにおける最大の特徴は、一般的なアドベンチャーゲームと違って、敵との戦闘は一切存在せず、極めてシビアなアイテム探索と謎解きに特化している点です。

まず画面が暗いうえに固定視点のため、攻略に必要なキーアイテムがどこにあるか非常に見づらい仕様です。「自力攻略はほぼ不可能」と言われるほど、あらゆる場所を総当たりで調べていく根気が必要になります。
また基本的に便利なガイドや地図はなくノーヒントなので、街にいるNPCと話して情報を得て、各エリアを何度も行き来しながら怪しい場所を探して、関連しそうなアイテムを使ってみる、という感じでプレイヤー自身の力でゲームを打開していかなければなりません。

たとえば、高利貸しの家に侵入しなければならない場面では、監視者が立ちはだかっており、こいつをどうにかしないと目的地に行けません。さて、どうやって撃退するのか。
答えは、監視者が苦手な「ベル」を鳴らすこと。しかし目の前で鳴らしても効果は薄く、通行できません。なんと本当の正解は、「ベルを階段手すりに打ち付けて大きく鳴らす」でした。こんなふうに、直感では思いつかない理不尽なレベルの仕掛けが多く存在しているため、攻略の難易度が非常に高くなっています。

しかし、逆にいえば、自力で解けた時の嬉しさや達成感はとても大きく、アドベンチャーゲームの醍醐味を味わうことができます。
余談ですが、あまりに不親切で難解な洋ゲーであるため、当時の日本のパッケージには最初から全13ページの「オープニングプレイガイド(序盤攻略本)」が同梱されていたほどでした。
とはいえ、この「理不尽なまでの難易度の高さ」と「説明の少なさ」は、結果として「子供の力ではどうにもできない、理不尽で残酷な世界」そのものをシステムとして表現していたとも解釈できます。ミエットが生きている環境の過酷さが、プレイヤーへダイレクトに伝わってくる構造になっていたのです。
◆孤独な少女が生き延びる過酷な世界

主人公のミエットは、港町にある孤児院で暮らしていますが、ここは子供を保護する場所ではなく、院長である結合双生児の姉妹「ザ・パイ(The Pie)」によって、子供たちは泥棒として働くことを強制されています。
子供たちは街へ送り出され、金品を盗んでくるよう窃盗を命じられたり、泥棒の成果が悪いと、容赦なく折檻(せっかん)や虐待を受けるなど、ミエットの過ごす環境は非常に劣悪で過酷な世界、という設定です。

このように本作は、ゾンビや怪物が襲いかかってくる一般的なサバイバルホラーとは本質的に異なり、世界のシステムそのものが一人の非力な少女(=プレイヤー)に対して牙を剥き、彼女の精神と肉体をじわじわとすり潰していくような、逃げ場のない不条理な恐怖を描き出しているのが大きな特徴です。

この世界において、「子供」という存在は守られるべき対象ではなく、大人の欲望を満たすための「資源」や「道具」としてしか扱われません。画面を徘徊する大人はすべて、ミエットを捕食し、利用しようとする「敵」であり、彼女の味方をしてくれる大人は誰一人として存在しないという狂気的な世界です。
世界全体が自らに対して明確な悪意を向けている環境で、武器を持たないプレイヤーに許された唯一の抵抗は、物陰に隠れ、大人の顔色を窺い、息を潜めて生き延びるチャンスを待つことだけなのです。

そして、本作が描く「過酷さ」の極致は、ミエットがその純粋さを保ったまま生き延びることを世界が許さない、という点にあります。
非力な彼女が、このグロテスクな大人たちの包囲網を突破して目的を果たすためには、泥棒組織で叩き込まれた「悪知恵」を絞り、大人の目を盗み、罠にハメ、世界を騙していかなければなりません。プレイヤーは、少年を救うという大義名分のもとに、ミエットを操作してこの薄汚れた世界のルールに自ら進んで適応し、悪意の手先となってゲームを進行させる必要があります。
生き延びるための行動そのものが、自分自身の精神をこの陰鬱な箱庭の濁った色へと染めていく。この「無垢の汚染」とでも呼ぶべき静かな自己侵食こそが、本作の世界に隠された最も残酷な一面かもしれません。
◆身の毛もよだつ“寓話的恐怖”の正体

本作のベースにあるのは、狂気の科学者クランクが子供を攫って夢を奪うという、モチーフ自体は極めて古典的なダークファンタジーであり、いわば「おとぎ話」の一種です。
伝統的な寓話(例えば「ヘンゼルとグレーテル」や「ピノキオ」など)の多くは、世界の過酷さや大人の恐ろしさを子供に伝える役割を持っていて、本作もそのエッセンスを引き継いでいます。

本作で描かれるのは、「大人が子供の純粋さ(夢)を、吸い上げて貪り食う」という、極めてグロテスクで直球な搾取の構図です。
これは単なるフィクションの中だけに留まらず、「大人の都合やエゴによって、子供たちの未来や精神がすり潰されていく」という、現実社会にも通じる普遍的な不条理を鋭く風刺しており、現実の合わせ鏡としての構造が、プレイヤーの胸に言い知れぬ嫌悪感と恐怖を感じさせるわけです。

また、初代PS特有のローポリゴングラフィックは、高水準ながらやはりどこか生気を感じさせない絵本のような質感を際立たせているため、寓話としての不気味さをより強固なものにしています。

戦闘を一切排除したシビアなシステム、「無垢な子供から夢を搾取する大人たち」という設定など、孤独な少女ミエットの視点を通して描かれるその過酷な世界観は、プレイヤーに強烈な印象を与えました。
一方で本作は、その独特な世界観と難易度の高いゲーム性から、商業的に成功を収めたわけではありません。

とはいえ、本作が描き出した「狂った大人たちが支配する社会で、孤独に生き延びようとする少女の姿」は、単なる映画原作ゲームという枠を超え、現代にも通じる「社会の残酷さ」を寓話的な恐怖として描いた、ダークファンタジーADVとして唯一無二の作品として名を残しました。
それこそが、本作が発売から四半世紀以上を経た今なお、多くのコアなゲームファンから熱狂的に語り継がれ、愛され続ける理由なのです。初見のプレイヤーにはオススメしにくい作品ではありますが、気になったらぜひ一度手に取ってみてください。













