
1999年7月、ノストラダムスの予言に記された「恐怖の大王」が現れ、人類は滅亡するのではないか――。
1990年代の日本では、「ノストラダムスの大予言」(五島勉著)がテレビや雑誌などで盛んに取り上げられ、人類滅亡や超常現象、オカルトを題材とした作品が数多く生まれました。

そんな世紀末ブームの最中、1998年11月27日に発売されたのが、ドリームキャスト用アドベンチャーゲーム『JULY(ジュライ)』です。

FORTYFIVEが手掛けた本作は、ドリームキャスト本体と同時に登場した4本のローンチタイトルのひとつ。
1999年7月の日本を舞台に、テロ事件で妹を失った大学生・高村誠と、人体実験の犠牲となった青年・ヨシュアという2人の主人公を通じて、巨大企業や新興宗教団体が関わる陰謀を描いた世紀末SFサスペンスです。

ゲームはテキストと静止画を中心に進行し、2人の視点を切り替える「ザッピングシステム」を採用。また、アニメーターの梅津泰臣氏と、漫画家のトニーたけざき氏が手掛けた個性的なキャラクターデザインも大きな特徴です。

ノストラダムスの大予言を背景に、人体実験、特殊能力、宗教、大企業の陰謀といった90年代末期らしい題材を盛り込んでいました。
本稿では、そんな『JULY』が描いた「世紀末」とはどんなものだったのか?本作の物語やゲームシステム、ビジュアル表現など、独自の魅力を紐解いていきます。
◆ノストラダムスの大予言と、90年代のオカルトブーム

本作を理解するうえで、まず押さえておきたいのが発売当時とそれまでの文化的な背景です。
本作が発売された1998年、日本では「1999年7月に世界が滅亡する」というノストラダムスの大予言が、世紀末を象徴する話題として知られていました。
この終末論が広まるきっかけとなったのが、1973年に五島勉が刊行した「ノストラダムスの大予言」です。16世紀フランスの占星術師が残した予言詩を、人類滅亡の警告として解釈した同書はベストセラーとなり、日本のオカルトブームを後押ししました。

70年代当時の日本は、高度経済成長の終わりを告げるオイルショックや深刻な公害問題に直面していました。
科学技術や経済の発展が必ずしも明るい未来を保証しないという不安が広がるなか、いわゆる「第一次オカルトブーム」が巻き起こり、予言や超能力、UFO、心霊現象といった未知の世界への関心が高まったのです。

こうしたオカルト文化は1980年代を経て1990年代にも受け継がれ、テレビや漫画などを通じて新たな広がりを見せました。
例えば、テレビでは超能力や怪奇現象を扱う番組、とりわけ年末の特別番組「ビートたけしの禁断の大暴露!!超常現象(秘)Xファイル」などが人気を集め、漫画では「MMR マガジンミステリー調査班」がノストラダムスの予言や人類滅亡の可能性を題材にしました。
また、超能力を持つ兄弟の苦悩を描いたドラマ「NIGHT HEAD」など、オカルトとSFを組み合わせた作品も多く登場しました。
さらに1990年代には、バブル崩壊後の経済停滞に加え、95年の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など、出来事が相次ぎ、社会不安が高まりました。特に地下鉄サリン事件以降、宗教や終末思想を取り巻く世間の見方は大きく変化します。

そんな時代の終わりに登場したのが『JULY』です。本作は1999年7月を舞台に、巨大企業、新興宗教、人体実験、特殊能力者を巡る陰謀を描いています。
この作品においては、予言そのものよりも、むしろ人間が生み出した技術や思想の危険性に焦点を当てており、90年代のオカルト文化と社会不安が色濃く反映されているのです。
◆90年代アニメの美学が息づく、独特のアートワーク

本作の魅力を語るうえで欠かせないのが、90年代のアニメや漫画の影響を色濃く感じさせる素晴らしいアートワークです。
キャラクターデザインには、「A KITE」などで知られるアニメーターの梅津泰臣氏と、漫画家のトニーたけざき氏を起用。両者の個性的な画風を取り入れた人物描写は、現在見ても印象に残ります。

特筆すべきは、総勢約150人にも及ぶ登場人物のしっかりとした描き分けです。端正な顔立ちの主人公から、鋭い眼光を持つ男、個性的な服装の研究者、街中で出会う一般人まで、それぞれに専用の立ち絵が用意されています。
単に美形キャラクターを揃えるのではなく、年齢や体格、顔立ち、服装に幅を持たせることで、作品世界に生活感を与えている点が特徴的です。


また、人物イラストとCGで描かれた都市の背景との組み合わせも興味深いところ。やや無機質な背景と、濃淡のはっきりした人物画が独特のコントラストを生み出し、作品全体に冷たく不穏な印象を与えています。90年代らしい硬質なインターフェースや暗い色調も、世紀末サスペンスという題材によく合っていました。
派手なアニメーションこそ少ないものの、膨大な人物を描き分けたイラストの充実ぶりと、時代性を感じさせるビジュアルデザインは、今なお本作を振り返る大きな魅力となっています。
◆テロ、新興宗教、大企業の陰謀─ザッピング視点で進む“世紀末サスペンス群像劇”

本作の描く世界観は、ノストラダムスの大予言を背景に、テロ事件や新興宗教、巨大企業の陰謀などを盛り込んだ、スケールの大きさが特徴です。

そうした物語を支えているのが、2人の主人公の視点を切り替えながら進行する「ザッピングシステム」です。本作は全18章で構成され、プレイヤーは大学生・「高村誠」と、人体実験の犠牲者である「ヨシュア」のそれぞれの物語を交互に追っていきます。

発端となるのが、6年前にロンドンで発生したバス爆破テロ事件です。主人公の高村誠は家族旅行中に事件に巻き込まれ、妹の恵を失い、母親も意識不明の重体となりました。1999年7月、事件の慰霊祭をきっかけに、誠は過去の悲劇と再び向き合うことになります。

一方、作中で大きな影響力を持つのが、製薬会社や軍需関連企業を傘下に収める巨大財閥「NAX」です。同社は強引な企業買収や環境汚染などの問題を抱えながら、情報操作によって批判を抑えています。さらに、特殊能力を持つ「セックスレス体」の研究も秘密裏に進めています。

これに対して公然とNAXを批判するのが、終末思想を掲げる新興宗教団体「インゴット」です。物語では教団への潜入や宗教施設の調査、大規模な集会なども描かれ、次第に宗教団体の活動が事件の重要な要素となっていきます。

こうした描写からは、1990年代に社会を震撼させたオウム真理教を連想せずにはいられません。作中では、信者たちの集会を「キャンプ」と偽って誠らを勧誘する場面なども登場し、当時の新興宗教をめぐる社会不安を思い起こさせます。
また、インゴットがアニメショップを経営しているという設定も、かつてオウム真理教が弁当店「オウムのお弁当屋さん」やパソコンショップ「マハーポーシャ」などを展開していたことを彷彿とさせます。

テロの真相を追う誠と、人体実験への復讐を目指すヨシュア。異なる目的を持つ2人の行動を通じて、複数の組織が関わる陰謀が浮かび上がってくるのです。

ゲーム中はマップから目的地を選び、さまざまな人物との会話やイベントを通じて物語を進めていくのが基本的な流れです。
東京、神奈川、千葉などに点在する実在の街や施設には、事件に直接関係しない人々も登場しますが、このキャラクターの多様性も、本作の世界観の幅広さを感じさせる要素となっていました。

ちなみに、作中には当時ワイドショーなどで見ない日はなかった、有名な芸能リポーター「東海林のり子」さんもそっくりそのまま出演しています。

ただし本作ザッピングシステムは、『バイオ2』のようにそれぞれの主人公の行動が複雑に影響し合う仕組みではなく、基本的には別々のシナリオを読み進める形式です。

移動や会話が中心となるため、ゲームプレイが単調になりがちな点は欠点です。とはいえ、日常の裏側で進行する巨大な陰謀を、異なる立場から少しずつ理解していく面白さがあります。
また、選択肢や好感度によって複数に分岐するマルチエンディングを採用しており、リプレイ性も一応ありました。

本作が描く「世紀末」とは、ただ単に「ノストラダムスの予言」によって世界が突然終わってしまう、という設定ではありません。
科学技術の暴走や経済的な権力、過激な思想によって社会が混乱していく姿を、2人の異なる背景を持つ主人公や、周辺に生きる人間たちをも映し出す「群像劇」的な視点が、とても90年代らしいSFサスペンスとしての魅力があります。
◆世界は滅びなかった。それでも『JULY』が残した“1999年世紀末の痕跡”

現実の1999年7月、人類滅亡が訪れることはありませんでした。世界は不安や混乱を抱えながらも、そのまま21世紀へと進んでいきます。
しかし、その前年に発売された本作の中には、当時の日本社会に広がっていた終末への不安や、オカルト文化の影響や「世紀末の痕跡」が色濃く残されています。

例えば、冒頭のCGムービーでも描かれる「アメリカ軍による中東(イラク)への部隊展開と武力衝突」という国際情勢の緊迫化です。予言の「その前後、火星が幸運にも統治する」という戦乱の詩をなぞるように世界規模の紛争の痕跡がニュースに現れます。


また、身近な痕跡として主人公たちの周囲で起きる「テロや破壊工作」が挙げられます。誠の幼馴染の自宅が謎のMOを巡って爆破されるなど、日常の風景が暴力によってあっけなく崩壊していく「不穏な空気感」そのものが時代を反映した痕跡そのものに他なりません。

さらに、「特異能力者の発現(セックスレス体)」の存在も大きな痕跡です。現実世界でも「国際ヒトゲノム計画」が大きな注目を集め、遺伝子やクローン技術が未来の可能性と恐怖の両面で語られていた時代でした。本作は、その科学的なトレンドをオカルトや終末思想と融合させていました。
ゲームは7月7日から運命の7月24日という短いスパンを追いかけますが、メディアの報道やNPCとの会話の中に何気なく潜む「世紀末独特の狂気や諦念」こそが、ゲーム全体に漂う“1999年の最も生々しい痕跡”となっています。

もちろん、移動と会話を繰り返す単調なゲームシステムや、複雑な設定を十分に整理しきれていないシナリオなど、ゲームとしての完成度には惜しい部分もあります。それでも、当時の社会情勢や流行を大胆に取り入れた意欲的な作品だったことは確かでしょう。

ドリームキャストという新世代ハードの発売日に、人類の終末を題材としたゲームが登場したのも、今となっては印象的です。1999年に世界は滅びませんでしたが、『JULY』が描いた科学や権力に対する不安は、決して過去のものではありません。
ゲームとしての完成度だけでは測れない、1999年という世紀末ならではの想像力と時代性を残した異色作として、今改めて振り返る価値があるのではないでしょうか。
















