カール・シュミットから考える『HUNDRED LINE -最終防衛学園-』の「戦争」と「政治的なもの」【リリース1周年特集】 | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

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カール・シュミットから考える『HUNDRED LINE -最終防衛学園-』の「戦争」と「政治的なもの」【リリース1周年特集】

決断、味方/敵、例外……『HUNDRED LINE』のなかに見た20世紀の戦争。法哲学・政治学の大家 カール・シュミットの著書を傍らに本作をプレイしたあるプレイヤーの記録。

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違和感をおぼえるほどの日常。それはまるで現代を舞台にした朝ドラのようだ。というより「現代を舞台にした朝ドラがテレビから流れている風景」という形容がふさわしい。それほどまでに異常な日常風景が、このゲームの最初の記憶だ。

HUNDRED LINE -最終防衛学園-』(以下、『HUNDRED LINE』)はアニプレックス発売、トゥーキョーゲームズ/メディアビジョン開発のビデオゲーム。ゲームジャンルはアドベンチャー×シミュレーションRPG。崩壊した世界に残された学園を舞台に、学生服をまとった少年少女たちが迫りくる敵から100日間学園を防衛するゲームだ。

本作最大の特徴は「100個の結末」が用意されていることだ。それらはゲーム中に差し挟まれる選択肢をプレイヤー=主人公・澄野拓海が決断することで分岐し、それぞれの終幕に辿り着く。

昨年2025年4月24日にリリースされ、発売1周年を迎えようとする本作。この記事では、そんな『HUNDRED LINE』について「戦争」という観点から論じてみたい。そのために本記事では20世紀ドイツの政治学者カール・シュミットの『政治的なものの概念』を代表とする著作から、いわゆる「味方(友)/敵理論」「例外状態」「決断」といった用語を用いる。ただし、筆者は法律・法哲学・政治について専門的に学んだことは一切ないし、シュミットの著作や関連書もこの記事を書く前段として本作をプレイしながら読み進めたにすぎない。また本記事には性質上、本作の重大なネタバレが含まれる。その点は留意いただき読まれたい。

なお、Game*Sparkでは昨年のリリース当時に重大なネタバレを避けたレビューを掲載している。もしネタバレの気になる読者がいれば、そちらを読んでもらえるといいだろう。また、本文中でニューダンガンロンパV3』の結末への言及をおこなうため、注意されたい。

Game*Sparkレビュー:『HUNDRED LINE -最終防衛学園-』狂気的物量で歪な感情をプレイヤーに刻み込む怪作―全100エンドクリア後に心に刻まれた「好き」と「嫌い」

日常としてのアドベンチャーパート/非日常としてのシミュレーションRPGパート

最初に本作のおおまかなゲームの流れを説明する。本作は100日の期間、大きく分けてふたつのパートを交互に繰り返す。ひとつがキャラクターとの交流とストーリーを展開するアドベンチャーパート、もうひとつが特定のタイミングで学園に侵攻してくる「侵攻生」と戦うシミュレーションRPGパートだ。アドベンチャーパートはシミュレーションRPGパートの準備期間としても機能し、ここでは武器やキャラクターの強化、それに必要なアイテムの探索などを行える。

探索パートはすごろく形式になっている

本作のプレイ時間で大きなウェイトを占めるのは前者のアドベンチャーパートだ。このジャンルがメインであることは順当といえる。なぜなら開発元であるトゥーキョーゲームズのクリエイター・小高和剛氏と打越鋼太郎氏は、おもにアドベンチャーゲームの制作の舞台で活動してきた人物たちだからだ。小高の代表作は囚われた高校生によるデスゲームと学級裁判を題材としたアドベンチャー「ダンガンロンパ」シリーズ、打越は脱出ゲームを題材とした「極限脱出」シリーズのほか、「Ever17 -the out of infinity-」を代表に数々の恋愛アドベンチャーゲームを手がけてきた経歴をもつ。本作のキャッチフレーズ“極限×絶望”も、前述した小高と打越それぞれの代表作に由来したものだ。

バトルでは中央に建つ学園を四方より侵攻する敵から防衛する

「最終防衛学園」とタイトルにもある通り、本作は侵攻してくる外敵から学園を防衛すべく戦闘をおこなうゲームでもある。その意味からもシミュレーションRPGというジャンルは真っ当だ。このジャンルは集団による戦闘行為、すなわち「戦争」を題材にとることが少なくないからだ。そもそも「シミュレーション」という名前の由来じたい「ウォー・シミュレーション」が大元にある。

これはミニチュアを用い、盤上で一定の規則に基づいて「戦争」をシミュレーションする、一種のボードゲームである。将棋やチェスの発展形ともいえるこのゲームは、19世紀プロイセンで生まれた「クリークスシュピール」といったゲームにその萌芽を見出せるのだという。それはまさしく近代ヨーロッパの主権国家体制が世界的に拡大し、国家が「敵」として相対する時代でもあった。なお、ウォー・シミュレーションという名称は現代のビデオゲームのジャンル名としても一般的に通用している。

ウォー・シミュレーションは特定のパラメータに基づいて、歴史上の出来事からいかなるif(もしも)を引き出すことが醍醐味のひとつだ。これはボードゲーム・小説・漫画など数多くのフィクションで展開される「架空戦記」もののの楽しみとも深く結びついている。しかし本作におけるシミュレーションの領分とはあくまで学園を防衛する局地戦のみであり、ごく一部を除けば戦闘結果如何で物語が左右される場面はない。物語を進行・分岐させる主導権はアドベンチャーパートが握っている。これは日本の数多くのシミュレーションRPGにおいてはごくポピュラーな構成だ。

「100個の結末」を特徴としていることもあり、プレイヤーがある程度本作を楽しもうとするならば、周回プレイは必至だ。なお周回や複数分岐によって変化する物語、他のルートとのザッピングといった要素は必ずしも本作の専売特許ではない。ビデオゲーム史上、先駆となる著名な存在がアドベンチャーゲームやノベルゲームには数多く存在する。本作はエンディング数の多さをウリとした新作タイトルではあるが、それと同時に過去のアドベンチャーゲームが歴史的に用いてきたアイデアやギミックを盛り込んだ、アドベンチャーゲームへの献辞を示すようなゲームともいえる。そしてその歴史のなかには小高と打越が過去に手がけてきた作品も含まれている。

このようにクリエイターの経歴、そして戦争がテーマになっていることを鑑みれば、本作が選んだ「アドベンチャー+シミュレーションRPG」という形式は真っ当なものといえる。

日常的な学園生活の合間に、非日常としての戦闘が差し挟まる『HUNDRED LINE』。この項のはじめに「アドベンチャーゲームパートはシミュレーションRPGパートの準備期間として機能する」と述べたが、これは転倒した言い方をしている。なぜならこれでは戦争のために日常が用意されたようなものだからだ。もちろん本作はゲームであり娯楽なのでプレイヤーからしたらそれでよい。インターミッションとして機能する日常場面との対比あればこそ、本作のシミュレーションRPG部分が成立する。

作中、そんな日常と非日常の転換は敵侵入の警報音によって告知される。こうした日常/非日常の区分けはゲームの当初、主人公やプレイヤーの心裡を戦闘態勢に変化させる機能を持っている。だがそれは戦闘が非日常として捉えられているうちにすぎない。やがてプレイヤーも主人公たちも戦闘行為に慣れていく。100日という期間、100の結末。そのなかで非日常と呼ばれていたものは日常と、日常と呼ばれていたものは非日常と見分けがつかなくなっていく。それはもはやどちらにとっても自らの一部であり、「例外」ではなくなっている。「例外」とは、シュミットが論じたものである。ここからはシュミットについて述べよう。

シュミットはなにを論じたのか――例外、友/敵、決断

左:『政治的神学 主権論四章』 右:『政治的なものの概念 』 ともに岩波書店版 カール・シュミット 著 /権左 武志 訳

カール・シュミットは1888年、ドイツに生まれ、20世紀の政治思想分野に広範な影響を与えた人物だ。重ねて言うが、筆者は法哲学やシュミットに関してはまったくの門外漢だ。そんな筆者にもすぐに察せられたことがある。それはシュミットの論が一定の評価と知名度を得つつも、それと同等以上になんらかの警戒感を持って受け入れられているらしい、ということだった。なぜならシュミットはナチス(国民社会主義ドイツ労働者党)に協力した法哲学者だったからだ。

『パルチザンの理論 政治的なものの概念についての中間所見』 筑摩書房版 カール・シュミット著/新田 邦夫 訳

彼の法理論はナチス政権の基盤を支えるものとなった。それもあって彼は「ナチスの桂冠法学者」というふうに称される。だが政権が盤石となり、その存在が不要になると失脚、冷遇されることになる。ドイツ敗戦後は、その経歴から逮捕されるも不起訴となる。その後も近世のヨーロッパ公法を基にした国際秩序を理想とし、終生にわたり著述を続けた。筆者の知るかぎり、通りいっぺんにはそのような説明となるだろう。シュミットの論は前後期で変化をみせるが、本記事ではその活動前期に著した『政治的神学 主権論四章(原題:Politische Theologie』『政治的なものの概念(原題:Der Begriff des Politischen』から代表的なものを取り扱う。

シュミットの論じたことが現代の法を論ずるうえでどこまで妥当といえるのか、筆者には判断できない。ただ、その思想や文章が人を惹きつける、あるいは避けがたい面を多分に持つことは、その影響力をみればたしからしい。筆者もまた影響を受け、こうして文章を書くという行為を選択している。

そんなシュミットが生涯関心を向けたのは、国家秩序の成立だった。彼が初期の著作で論じた有名な概念や理論は以下のようなものとなる。

「主権者とは、例外状態に関して決断を下すものである」

例外状態」とは、通常は機能している規範や法が機能していない状態。非常事態とも言い換えられる。非常に大雑把にいえば、ルール自身がルールの外にあるものを判断できない以上、それを「例外」だと判断し、そのうえで決定を下すものがルールを停止・変更する権利を持つ者(主権者)、ということになる。シュミットが1922年に著した『政治的神学』において用いられた。

「政治的なものの定義(固有なもの)とは、敵と友の区別にある」

一般に「友/敵理論」または「味方/敵理論」と呼称される概念。

この区別と対立が「政治的なもの・政治に固有なもの」だとシュミットはいう。『戦争論』で著名な19世紀プロイセンの軍人クラウゼヴィッツは、政治目的の延長に戦争があることを述べた。シュミットはここから、戦争につながる可能性を内在する友/敵の区別、それがすなわち政治に固有なものだと導き出した。こちらは『政治神学』の後、1932年に著された『政治的なものの概念』で論じられた。

シュミットが論じたことはほかにも数多いが、今回の記事では一旦このふたつの概念を念頭に置いて話を進める。これらの概念は別の時期に発表された個別のもので、必ずしも同じものではない。ただ、ふたつは容易に結びつく。たとえば、「敵」の出現は例外状態を生み出す。なぜなら「敵」には平時の共同体で通用する法が適用されないからだ。こうして法の限界があらわになり、秩序は脅かされる。ここで平時の法を一旦停止し、「敵」と「味方」が誰なのかを認定するものこそが主権者である。この状況において主権者が下す「決断」によって、秩序は回復される。「敵」とは道徳的に悪であったり、私的な憎しみの対象としての「仇」である道理や理由を必要としない。自分たち(友・味方)の存在を否定する、対立する相手だと主権者に認定されたものが「敵」である。

例外状態において「決断」を重視する思想は「決断主義」とよばれ、彼と近しい考えを持つとされる人物がその枠組みに括られることとなる。よくあることだが、シュミット自身が決断主義者を自称したわけでも、味方/敵理論という呼称を名付けたわけでもない。

そして意外なようだが、シュミットがこのようなことを論じたのは、相手を殲滅し尽くす「絶対戦争」を回避するという要素も含まれていた。これについては後述する。

なぜシュミットと『HUNDRED LINE』なのか

もともと筆者は『HUNDRED LINE』に対して、政治性の強いゲームというイメージを抱いていなかった。また、本作をプレイし始めた頃はシュミットのことをほとんど知らなかった。しかし実際にプレイするうち、本作が私たちの知る過去の大戦を題材としていることがわかってきた。そして特徴である「100個の結末」に至るまでの「決断」も、また重要なテーマだと感じられた。全ルート中、半分程度のクリアに差し掛かる頃、本作はそのキャッチーさと裏腹に実のところ非常に政治的メッセージの強いゲームではないか?と筆者は思いはじめていた。

ちょうどそんな折、シュミットに関連した「友/敵理論」「例外状態」「決断主義」といった言葉を断片的に聞く機会があった。筆者はそこで「カール・シュミット」という名を知り、後述するような動機もあり、シュミットについて興味を持って調べはじめた。そうしているうちに、なんとなく感じていた『HUNDRED LINE』の政治性や戦争にまつわるテーマが、元来別の興味だったシュミットと一定の度合い結びついているのではないか、とおぼろげに思うようになった。本作をプレイするとともにシュミットのことを知っていけば、なんらかの理解が得られるのではないか……なんの当てもないが、そんな直観が筆者のなかに湧いてきた。

シュミットの著作を本作のプレイの伴とした動機には、筆者自身の個人的事情が多分に含まれている。筆者はここ数年、身の回りの「政治的なもの」に煩わされ、それに引っ張られて以前より政治的傾向にものを考えてしまっているという自覚があった。特段そのことばかりを考えたいわけでもなかったが、だからといって無視するのも難しい、そんな声や主張や空気を感じ、戸惑いを覚えていた。それが良いことなのか悪いことなのか、個人的な変化なのか、社会状況によるものなのか、あるいはそのすべてなのか。いずれにせよ筆者には、身の回りに感じる「政治的なもの」との接し方や距離感をつかみあぐね、囚われていたのだ。

そんな政治に振り回されている人物が、こうして『HUNDRED LINE』に政治性を見出し、あげくカール・シュミットに手を伸ばしている。この行いこそ、いままさに自身が「囚われていた」と感覚する政治的な思考の所産だと指摘されれば、それを否定する術はない。

シュミットの著作を読む・知るということは、おそらく政治性の強い行為なのだろう。筆者が「政治的なもの」に振り回される悩みを持っているのなら、その対処法は逆方向、つまり「政治的なもの」を遠ざける、考えすぎないという手をとるのが適切といえそうだ。それもひとつの手段だろう。ただ、そもそも政治一般について本当になにも知らないという自覚を持っている筆者にとって、知らないままで判断することはできるのか、していいのかという疑問がどうしてもついてまわった。それに筆者が知りたかったのはなにが正しく、なにが間違っているのかという区分けでもなかった。

2026年現在、人類は戦争を継続している。その報せを耳にすることも多い。筆者や、本記事の多くの読者が暮らしているであろう日本は直接的に戦争の渦中にあるわけではない。それでも経済面のみならず、どこか戦争の気分に当てられている、そのように感じる。もとより筆者の身の回りに巻き起こっていた声や主張や空気にも、徐々に戦争につながる政治の気配が混じってきていた。

筆者はそんな声・主張・空気にもろ手を挙げて賛同できない。だが一方で感覚的にはわかる部分が自分の中に残っていた。自分たちの慎ましい日常に侵入し、変化を要求してくるものへの戸惑いと、伴わない実態に対し何ら変わらない社会制度への落胆。自身への情けなさと怒りの空転、幾度も繰り返す痛み。これらは本来言葉にしがたい、感覚的なものを筆者が無理やり文章化したものにすぎない。筆者のこの表現が周囲の声、空気、主張をどこまで捉えているかは不明だが、そこには筆者自身たしかに相通ずるものがあると感じている。そうした感覚的なものが集団化してうねりとなっている。この状況に対し、世間に通用する規範や道徳を基に正誤の判断をするだけでは、事態をいたずらにややこしくしていくのではないかという疑問と焦りをおぼえはじめた。

だからまずはじめに、たとえ借り物だとしてもこの状況を理解する手段の必要性に駆られた。筆者が『HUNDRED LINE』をプレイし、シュミットを知ったのはそんな時だった。「政治的なもの」を論じた法哲学者カール・シュミット。彼の存在を認知したとき、その理論を知ろうとしないという選択を筆者は選びようがなかった。


ライター:林與五右衛門,編集:みお



ライター/ 林與五右衛門

2023年4月よりゲームライターとしての活動を始めました。『Fable』や『シェンムー』といったゲームから影響を受けてNPCに強い関心を抱き、彼らがゲーム内でどう息づいているのか観察しています。演劇集団ゲッコーパレードのメンバーとしても活動中。

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編集/Game*Spark共同編集長 みお

ゲーム文化と70年代の日本語の音楽大好き。人生ベストは『街 ~運命の交差点~』。2025年ベストは『Earthion』。 2021年3月からフリーライターを始め、2025年4月にGame*Spark編集部入り。2026年1月に共同編集長になりました。

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