【クトゥルー神話ゲームブック】「このゲームブックを読む者に永遠の呪いあれ」(1) 7ページ目 | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

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【クトゥルー神話ゲームブック】「このゲームブックを読む者に永遠の呪いあれ」(1)

新鋭作家・藤田祥平と「ゲーみん*スパくん」のHIKARUが贈るクトゥルフ系ゲームブック。舞台は現代日本。主人公はあなた――

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あなたは食用菊を刺身の上に乗せる作業を続けていた。すくなくとも三年間、あなたは食用菊を刺身の上に乗せ続けていた。ベルトコンベアに乗って運ばれてくる刺身の盛り合わせの中心に、正確に、食用菊を乗せるのだった。その技術にはエイミングが問われた。

あなたは「刺身の上に乗っているたんぽぽ」という発言をする人間を心から嫌悪していた。それは「たんぽぽ」ではない、「食用菊」だと声を荒げたことすらあった。

あなたは朝から晩までずっとたんぽぽを、じゃなかった食用菊を、刺身の盛り合わせの中心に乗せ続けた。そうしているとき、じつのところ、あなたは幸せだった。あなたには確固たる役割が与えられていた。この清潔な工場のどこかで誰かが刺身をパックに盛り、それがあなたのところまで流れてきて、あなたは食用菊を乗せる。食用菊を乗せられた刺身のパックはベルトコンベアを流れていき、おそらくは透明な蓋をされ、セロテープで留められ、ケースに入れられて、どこかのスーパーへと運ばれていくのだ。

こうして円環が完成する。時間が滞りなく流れ、世界の秩序が維持される。あなたがこの誇り高い仕事を投げ出せば、無秩序が円環を食い散らし、正視に耐えない欠落が残されるだろう。ああ、責任あるこの仕事。あなたのほかに誰もいない、白い、清潔な工場で、食用菊を刺身の盛り合わせに乗せ続ける誇り高き職務。あなたはその仕事の責任ある監督者であり、実務者だ。あなたが居なければ、日本のスーパーマーケットの――いや、それは言いすぎか。まあだいたい、関東一円の――スーパーマーケットの刺身の盛り合わせがみな、たいせつな食用菊を失うことになるのだ。華を失うことになるのだ。

しかし、今日という日に限って、あなたは幸せではなかった。

あなたは毎秒3枚のペースで流れてくる刺身の盛り合わせの中心に正確にエイミングしながら、自分が幸せでない理由を内省した。なぜだろう、おれはあんなに幸せだったじゃないか、とあなたは思った。

たしかに、はじめのうちはいやだった。自分が社会の歯車になったみたいだった。毎日おなじことの繰り返しだと思った。こんな仕事誰にだって出来ると馬鹿にして、誇りを持てなかった。とはいえ、すぐにやめてしまうわけにもいかないと観念し、目の前の作業に集中して、できるだけ美しい位置に食用菊を置こうと試みはじめてから、この仕事のおもしろさがわかってきた。赤身が目を引く鮪のそばに食用菊を置くことが基本であると学んだ。白身魚のそばに置いてしまうと、白に黄色が負けてしまって、引き立たなかった。奇をてらって青魚のそばに置くなんて馬鹿なこともした――あのころは若かった。

全体と対比したときの位置も重要であった。本質的に左右非対称にならざるを得ない刺身の盛り合わせのなかに置かれる食用菊は、比喩的に言えば、あるひとつの美しい散文を結ぶ句点なのだ。祝儀袋の帯であり、今生の別れの挨拶であり、叶わなかった恋との決別なのだ。

食用菊こそが刺身の盛り合わせの極点であるとあなたが把握したのは一年ほど前のことだった。その真理を得てからは、食用菊を置く位置は、もはや変わらなかった。中心だ。刺身の盛り合わせの中心に置くのだ。

心のどこかではわかっているし、納得もしている。いまの時代、食用菊を食べようとする者など、そもそもいないことを。花びらを指先でちぎり、醤油に散らして食べるのだと知っている者など、誰一人いないことを。それでも食用菊が残っているのは、それが美しき日本の心だからであり、絶え間なく延長されていく労働時間によって文化的生活と人権を奪われた民衆の、せめてスーパーの刺身盛り合わせのなかでくらいは花の美しさを愛でさせてくれという、最後の抵抗であり願いなのだ。

だからこそ、食用菊は刺身の盛り合わせの中心に置かれなければならない。誰がなんと言おうと、これだけは譲れない。ある、気持ちのいい風が吹く春の暖かい日に、あなたはそう確信したのだった。

それからは、いかに正確に置くか――エイミングが問題になった。信念が確立されれば、あとは反復の修練のみが問題となる。しかし修練は困難をきわめた――季節ごと、週ごとに変わる魚種のラインナップ、それに応じて変化する盛り付けの構成、ベルトコンベアの上流にいる工員の微妙な手先のぶれのために、原理的に、おなじ刺身の盛り合わせはふたつとない。だから毎秒3枚のペースで流れてくる盛り合わせの個別の「中心」は、じつはそれぞれが唯一のものだ。そしてあなたは、わずか0.333秒のうちにその位置を見極め、食用菊を置かねばならないのだ。

そう、だから一日の仕事を終えて、今日はじつにうまく食用菊を置くことができたと感じられるような日は、ほかの何事にも代えがたいような快感だった。快感であるはずだった。にもかかわらず、あなたは幸せではなかった。だからあなたは、

8.目の前の作業にとにかく集中した。
《Game*Spark》
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