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あなたは食用菊のトレイを蹴散らしながらベルトコンベアに飛び乗り、刺身盛りのパックを踏みつけながら走り、ラインの先にある四角い闇に頭から飛び込んだ。あなたは匍匐前進の形でひじをついて進んだ。あなたの肘はマグロを潰した。
ベルトコンベアの先の闇はみょうに長かった。刺身盛りが次のセクションに送られていくにしても、すぐ隣の部屋でいいはずだ。どうしてこんなに長い暗闇が続くのだろうと不思議になってきたあたりで、あなたの肘は虚空を切った。それで驚き、あわてて後退した。あまりに暗すぎて何も見えなかった。あなたはポケットに入っている、市場に出回っているもののなかでいちばん安いスマートフォンを取り出して、ライトをつけようとしたが、なにせいちばんの安物なので、こういう大事なときに限って動作しなかった。
「スパァ~」と背後で声が聞こえた。
あなたは意を決して、虚空のなかに身を投じた。数秒ほど落下して、なにかぬめぬめとした、固いものに叩きつけられた。あなたは仰向けの形で呆然としていたが、上方の闇のなかに闇よりももっと暗い触手を認めたように思い、あわてて這い出そうとした。もがくうちに、このぬめぬめとした固い何かを満載していると思われる巨大なカゴの縁に手がかかり、あなたはそこから這い出した。
どこかの工場の裏手、駐車場のようなところだった。工場と街路の明かりが遠くにぽつぽつと見えた。あなたは明かりのほうへと走った。あなたの全身には廃棄された赤身や白身や青魚の刺身、そしてもちろん食用菊が、大量に張り付いていた。そういったものはぬめぬめしているのだが、そのぬめりが乾きかけて、走って衣服がこすれるたびに、ぺりぺりという音がした。
遠くのほうで声がした。いや、近くだったかもしれない。天空から響き渡ってくるような声だった。
その声はこんなことを言った。
「ゲムスパのオフィスは新宿にあるスパよぉ~。外房線から総武線に乗り換えて行くといいスパよぉ~」
22.そうかそうか。外房線に乗ろう。