有馬記念。それは、年間を通して行われる競馬プログラムの最後を飾る、競馬ファンから選ばれたスターホースが集結する大勝負です。ここで勝って迎える年末年始が、ホースマンにとって最高だといいます。
奇しくも干支の午年目前というタイミングで、TBS系列の10月期にて、日曜劇場のドラマとして有馬記念を題材にした「ザ・ロイヤルファミリー」、アニメ「ウマ娘 シンデレラグレイ」第2クールら2作品がTV放映され、熱い競技としての競馬が注目を浴びました。


かくいう筆者も、6月のSteam版『ウマ娘 プリティダービー』リリースからレースの世界に足を踏み入れたばかりで、少しずつですがその面白さを勉強中です。
そんなわけで常勝無敗で有「マ」記念制覇に勤しんでいる日々が続いていますが、「ロイヤルファミリー」でも描かれたように、本来であれば中央・地方合わせた競走馬2万頭の頂点に立つのは、そう容易いものではありません。
筋書き通りの勝利もドラマとしては良いけれど、勝ち目を片っ端から集めて見えた筋に全ベットする、そんなヒリつくレースもやってみたい。……そう思ってから、『Winning Post 10 2025(ウイニングポスト10 2025)』を起動するまで、そう長い時間はかかりませんでした。
競馬育成シミュレーションの老舗『ウイニングポスト』シリーズは、同ジャンルの黎明期から30年にわたって継続的に新作をリリースし続け、最前線を走る唯一の競馬ゲームです。最近ではJRAと共同して実装データを利用したシミュレーションを制作し、現実では不可能なカメラワークを用い、ゲームならではな新たなレースの魅力を表現しています。
競馬関係者からの人気も高い、押しも押されもせぬ不動の競馬ゲーム『ウイニングポスト』で、よりリアルな有馬記念に勝つのはどれほど難しいのか。今回、11月末に本作を購入してから、リアル有馬記念の開催に近い年末までを期限として、1か月間で有馬制覇に持って行けるかに挑戦しました。

数回のシステム慣れへのプレイを経て、チャレンジを実行する馬主設定のテーマはシェイクスピアに。勝負服は、ハムレットをイメージした黒をベースとしました。
お見合いをして子供の成長を見守りつつ、競馬事業を進めます。

有馬記念を目標としたものの、まずは勝てる馬を出さないと話にならないので、牧場開設からしばらくは、とにかく良い馬を出すことに専念します。セリで購入した馬で達成するのもアリですが、そういうのは一見いけ好かないけれど意外と良い奴のライバル馬主がやることなので、基本は自家生産を目指します。
初期の資金が残っているうちに、ケチらず最大評価の種付けや幼駒、繁殖牝馬で弾みを付けました。結局のところ賞金で稼がないことには経営も続かないので、スタートダッシュに最大限のベットです。

初年度には、協力者から現役競走馬を頂けます。将来の繁殖入りも考慮して、ここで選んだのは唯一の牝馬「アズカラフル」。競馬に詳しくなくとも名前くらいは知っている「ディープインパクト」の名が血統表にあるという安直な理由で選んだところ、この選択が後にとんでもない傑物を生み出すことに……。
実のところ、筆者がこの手のゲームで遊ぶのは本作が初めてではありません。しかしこれまで競馬そのものはよく知らずにいたので、レースの作戦やら適性やらはピンとこないまま進めており、おおよそG1クラスでの結果も出ないままプレイを止めてしまいました。
しかし、今回は違います。『ウマ娘』の物語を経由することで、トランセンドのレースでの経験積みやキングヘイローの路線変更など、トレーナーのプラン立案がイメージできるようになり、スムーズに『ウイニングポスト』馬主生活のスタートを切れました。正直に言うと、今まで『ウマ娘』をイロモノと侮っていたのを反省しています。

『ウイニングポスト10 2025』では、レース展開に3種類のペースに加え、4種類のレース傾向の要素が追加されました。特定の展開に賭けた作戦の選択が大きく増えています。
その上、必要な情報の整理を「探偵」のナリアがやってくれるので、初心者でもレースの駆け引きを手軽に楽しめます。実際に当てるのはなかなか難しいものの、だからこそ地力が一点特化の馬であっても勝ち目を見出せて、まさに“熱いレース”を実現するシステムが整備されていました。

最初の奮発の甲斐もあってか、早い内から素養のある馬が生まれてきたものの、それをクラシック路線に乗せるのは一筋縄ではありません。3歳馬G1に行くためには、2歳の間に3勝の条件戦を勝ち上がる必要があります。幼駒の育成施設が整っていない段階では、いかに素質があろうともポテンシャルを最大限引き出す前に、クラシックシーズンが始まってしまうのです。
早熟タイプで4歳にもならずに衰えてきてしまう馬も出て、プレイヤーが環境を整えてやれなかった、育成の戦略を誤ったという悔いを残して引退を迎えます。古馬で活躍できたとしても、ピークの期間は限られている以上、あと1年早く実績を上げられていたら、とも。
その悔いに、次の世代で報いたいと思うのは自然です。人間側のエゴだとしても、親が成せなかった課題を次の子に受け継ぐ、その継承が競馬のドラマを生むひとつの要因と言えるでしょう。


そうして、6年目の2031年には初のクラシックタイトル、皐月賞を自家産「マスタードシード」で獲得できました。初期馬や購入を除けば初めて有馬東方の上位に選ばれるも、適性距離が足りず出走は叶わず。
2500mという微妙な距離が、皐月賞やダービーを獲った馬でさえ十分に力を発揮させない壁となって立ちはだかります。ましてや、スプリンターでは到底届きません。もちろん宝塚記念の2200mがありますが、やはり年末最後の大一番は特別です。

ここを境に投票上位に入ることも常になるも、配合についてはさっぱりなのでスプリンター、マイルが多め。宝塚や複数の年度代表は獲れても、2500mに挑める中長距離タイプはなかなか出て来ません。

初めて有馬記念を獲ったのは、12年目の2037年。意外にも結果を出していた主力ではなく、人気もかなり薄かった11位の大穴「パイシュレー」でした。中長距離型で条件は満たしていたものの、能力のバランスが今ひとつで成績は良いとは言えませんでした。
同レースには世界100傑にノミネートされていたグローブオセロも走っていたので、この結果は全くの予想外です。そんなミラクルが起きるのが、競馬ということなのでしょう。
その後、パイシュレーは他に目立った活躍をしないまま引退、殿堂入りしたグローブオセロも有馬記念は取れないままでした。

しかしその年の朝日杯フューチュリティステークスで、ある才能が芽吹こうとしていました。
その名は「ヴァレンタイン」。初期馬のアズカラフルと、初年度の海外セリで購入したオベロンの仔。スプリント先行で有利な「終わりなき爆進」の特性を持っていても、脚質はずれた差し追いタイプ。
朝日杯FSはマイルなので、スプリンターの力を充分は発揮できないかと思っていたところ、直線の力強い差しでごぼう抜きを見せ、2馬身半差で大勝利を収めます。これで、翌年のスプリント路線に大きな期待がかけられました。

とはいえ、スプリント路線はクラシックと違って3歳限定ではなく古馬も参戦するので、3歳はサマースプリントで一旦レース経験を積むことに。
すると、レコードタイム更新を連発し、圧倒的な勝利を見せつけていきました。秋以降はG1路線に乗せると、シリーズで獲得した遠征馴れを行かして連戦連勝が続きます。


2039年には国内スプリント、2040年はグローバルSC(グローバル・スプリント・チャレンジ)とジ・エベレストを完全制覇。その途中、何度か特性を活かす先行ではなく、初期設定の差追で出すことが何度かありました。
そこで気が付いたのは、最後の直線で一気に加速する圧倒的な末脚。100傑に選ばれて獲得したレジェンド特性「赤い稲妻」も差しからの末脚です。そして思い出されるのが、ヴァレンタインはあのディープインパクトの血を引いているということ。終盤にさらに伸びていく加速力に、繋がりを感じずにはいられません。
初年度に自分が選んだ馬同士の仔がディープインパクトの血に目覚め、世界の短距離を独り占め。難易度によるブーストはあったにしても、ここまで強ければ最後のもう一押しで欲が出て来ます。
夢の頂点、有馬をヴァレンタインに獲らせたい。成長ピークを迎える2040年に、意を決して有馬に挑むことに決めました。
ヴァレンタインの適性は2300mまでだったので、既に宝塚は2連覇していましたが、2500mとなるとひと伸び足りない。史実調教で一時的に伸ばしても、100m不足です。せっかくの連勝記録を止めるリスクを負ってまで挑む価値はあるのか……そんな迷いも、投票人気1番で振り切りました。

本番は例年通り自家産駒4頭が出走、ダービー馬のペリクリーズもいて厚みは十分ですが、毎度勝ちを阻んできた外国馬が今年も立ちはだかります。中盤で馬群の中に付けていたヴァレンタインは早めに仕掛けて、直線すぐに先頭へ。

そこに食らいついてくるのが、海外馬スモークマスールでした。200mに追いつかれ、あわやこのまま抜かれるかと思った瞬間、ヴァレンタインは最後のひと伸びを見せてそのまま1着ゴールイン……!
託した夢が見事叶うか、無残に砕け散るか。ゴール前で最高潮に達するこの高揚感、そして勝利の余韻に浸りながら静かな年末年始を過ごす。
諸々端折ったシミュレーションでさえもドキドキしたのですから、実際に途方もない時間と労力をかけた実際の競馬では、その感動は一入でしょう。


そして2043年、有馬記念3回目の勝利は、ヴァレンタインと同じくスプリンター路線から挑んだ「リナルドー」で達成。リナルドーは種牡馬厩舎の拡張による、海外馬の種付けから生まれた1頭でした。
翌2044年も順調に成績を伸ばし、いよいよ初の2連覇へ……と思った矢先。その日は雨が降りしきり、稍重の不穏な空気がうっすらと中山競馬場に充ちていました。とはいえ、同年に牡馬2冠を達成したフレデリックも出て、最早勝利は確実だという期待さえ抱いていたのです。

中盤に差し掛かったとき、リナルドーが急に足を止め、馬群の遙か後方へ流されていきました。カメラの奥でぽつんと立ち尽くすリナルドー。流れる文字は「競走中止」……。
勝利はフレデリックが手にしたものの、そこに喜びはなく、ただリナルドーの無事を祈る数分間でした。そして下された診断は……リナルドーが厩舎に帰ってくることはありませんでした。

結果、リアル1か月間でのチャレンジとなった2026年から2045年、20年間の有馬記念で勝利した回数は計4回。
最大級の喜びも苦い勝利もどちらも味わい、台本のない自分だけのドラマをそこに見つけました。

1年に生まれるサラブレッドは、JRAによるとおよそ7,000頭ほど。そのうちG1級に進める馬は極一握り、競馬が生む万が一の奇跡の裏には、数千頭の忘れ去られていく馬たちがいます。
今回、ここに書けなかったG1に届かない馬たちは100頭を超えました。さながらグラディエーターのように、記録を残せなかった馬たちは生を十分に全うすることすら叶わないのが残酷な現実です。

今回のチャレンジを通して感じたのは、ふるいにかけられるレースの過酷さ、そして何をもってしてもあまりある勝利の栄光。そして馬は、たくさんの人々の期待と夢を背負って走るという実感です。
2025年の有馬記念は、本日12月28日に開幕。本番まであと少し、あなたはどの馬に夢を託しましたか?













