
僕は80年代に生まれて、子供のころからゲームを遊ぶのと同じくらい、たくさんの映画や小説に触れていました。90年代から2000年代にかけて小学生から高校生の頃を過ごしていたのですが、あの時代のビデオゲームは、まだ今みたいな地位はありませんでしたね。
僕より上の世代にとって、ビデオゲームは小説や映画とは違って怪訝に見られることも多いメディアでした。今でこそ風化しましたが、脳神経学者がゲームが起こす脳への悪影響を語り、世間に受け入れられてしまうような時代でもあったのです。
その一方で、上の世代にはゲームを真剣に遊んだ人の言葉も多く残っているんですね。僕がかつて通学する電車のなかで読んだ、芥川賞を受賞した小説家の作品や、学校から帰った夜に観たテレビドラマの脚本家のほか、休日にTSUTAYAで借りた、カンヌ国際映画祭で受賞した映画の監督が語ったゲームの言葉はやけに記憶に残っています。
年末の忙しい中で、そんな彼らが語っていた4つの言葉をふと思い出しました。彼らは彼らの立場から、なにかゲームが持つ可能性をそれなりに見出していたのではないか?その視点は、いまのゲーマーが読んだとしても面白いんじゃないか?
※以下、書籍からの引用は書き手を尊重するために、すべて原文ママで引用します。引用には正式なタイトルと異なる表記がありますが、ご了承ください。
村上龍(小説家、1952年生まれ)小説「エクスタシー」から『ドラゴンクエスト』への言葉

二杯目のティオ・ペペを飲みながらゲームソフトに似てるのかなと思った。今この国に何千何百とあるRPG、ロールプレイングゲーム、あの有名な「ドラゴン・クエスト」のようなものだ
これは村上龍氏が1990年から1992年にかけて執筆した小説「エクスタシー」に書かれた、主人公のモノローグです。
米軍基地近くにて、麻薬とセックスの日々を描くセンセーショナルな小説「限りなく透明に近いブルー」によって、若干24歳で芥川賞を受賞した小説家、村上龍氏。以来「ラブ&ポップ」「イン・ザ・ミソスープ」など現代社会を反映する小説や、「トパーズ」「フィジーの小人」など過剰な性描写に溢れた小説などを手掛けてきました。
そんな作家性であれば、ビデオゲームとは縁遠いのではないか?と思いきや、意外にも小説に『メトロイド』や『ダービースタリオン』などちょくちょくゲームの名前が出てきたりするんですよね。その中でも、真正面からRPGの物語性について語っているのが本作「エクスタシー」。あらすじ自体はRPGとは到底思えないような内容ではあります。
ビデオ制作会社の主人公が、ニューヨークで仕事中に不気味なホームレスから貰った電話番号から、SMの女王たちと関わることになってしまう。その中で、快楽を増幅させる麻薬エクスタシーの存在を知る。女王たちと関係するなか、主人公は気が付けば麻薬の運び屋へと転落していき……という、村上氏らしいえげつないストーリーが展開。なんだかゲームで言うなら『ホットライン マイアミ』あたりに近いかもしれないですね。
そんな「エクスタシー」の序盤にて、先述した一文が出てくるのです。主人公がホームレスから受け取った電話番号に連絡したあと、バーで考え事をしているうちにだんだん異様な世界に引き込まれているのを予感しているシーンです。
このRPGについて考える一文は、このように続きます。
滅多やたらに伝説が作られるわけだが情報科学的に言うと新しいものは何もなく宝探しというストーリーのパターンが形を変えてえんえんと繰り返されるだけ、つまりAがBを手に入れる、という物語だ、AがCを倒してBを手に入れる、AがDの助けを得てCを倒してBを手に入れる、AがDとEとFの助けを得てGという武器を使いHという呪文を知ってCを倒してBを手に入れる、項目は無限に増えていくが何も変わりはしないから最も重要なのはAというキャラクター設定ということになる
それにしても、なぜ村上氏がドラッグとセックスが渦巻く本作で突然RPG論を書き始めたのか?
推測なのですが、『ドラゴンクエスト』シリーズはじめRPGが、80年代末から90年代初頭の当時、物語や言葉を扱う職業の人間にも影響を与えた流れからではないでしょうか。

小説家の高橋源一郎氏や、劇作家の鴻上尚史氏などがRPGの面白さや、ゲームというメディアが持つ物語の新しい可能性を真剣に考えていた時期があったんです。その中でもコピーライターの糸井重里氏は『MOTHER』シリーズを作ってしまったわけですから、言葉のプロがRPGに物語の可能性を見出して、実践する人まで出てきたんですよね。
そして、村上氏もたぶん『ドラゴンクエスト』シリーズなどをかなり遊んでいたと思われます。ただ、他の作家はRPGの物語の可能性についてポジティブな意見を残すなか、村上氏の場合は「宝探しのパターンが変わるだけでは」と突き放した見方をしています。
しかし、これがネガティブな意見か?というと、そうとも言えないんじゃないでしょうか。「エクスタシー」ではさらにこう続くからです。
Aは最初無力で無知でどうして自分がこの大役にはまったのかわからないといったキャラクターが最も適しているわけだ。などと考えていたら僕自身が気味の悪いゲームに入り込んでしまったかのように思えてきて分からなくなった
ここから主人公は、自分の状況をRPGのように感じた予感の通り、実際に無力な立場のまま、わけがわからないうちにSMの女王たちと関わり、麻薬の運び屋へと流されていくのです。
村上氏の小説は過激な描写や題材という印象が強いですが、読み込んでみると実は真逆の作家性も浮かび上がってくるんですよね。「無力な主人公が、淡々と異様な状況を目にし続けている」という部分が多くの小説で共通していたりします。世評と違うかもですが、受け身の主人公の目線というところがあると思います。
ここではRPGの例えは“プレイヤー自身の体験こそが主人公の物語になるんだ”という、ポジティブな意味はありません。むしろ逆で “主人公には事実上、自分の意思などなく、用意された状況のなかでなにもわからないまま動かされていく”物語としてRPGが挙げられている点が興味深いと思います。
村上氏から見れば、(当時の日本国内の)RPGは新しい物語の可能性でもなんでもなかったのでしょう。むしろ “宝探しというストーリーのパターン”に過ぎない単純な物語構造の中で、 “無力で無知でどうして自分がこの大役にはまったのかわからない”人間が主人公になるという、人間の自由意思も、物語の必然性も存在しない状況の象徴としてRPGを持ち出している。そこに村上氏の作品でしばしば描かれる、 “異様な状況に巻き込まれてゆく、無力な主人公の目線”という作家性と繋がっていると思うんですね。
ゲームの魅力とは「プレイヤーが自分でやることを選択できてこそ!」とよく言います。ですが一方で「いや、結局はゲーム側が状況をお膳立てしていて、プレイヤーは動かされてるだけでもあるんですぜ」というのも完全には否定できないじゃないですか。
村上氏の「エクスタシー」におけるRPGに対する考えは、一見すると否定的でありながらも、自身の作家性に照らし合わせた興味深いものでもあります。恐縮だが、村上氏には『バイオショック』も遊んでみてほしかったですね。ちょっとネタバレかこれ。
原田宗典(小説家、1959年生まれ)「スバラ式世界」から『燃えろプロ野球』への言葉

「どうやらファミコンの野球ゲームというやつは、かなり面白いらしいぞ」
という噂を友人から聞いたのは、もう三、四年も前のことだったろうか。
なんだか村上龍氏の話が重苦しすぎたので、次は小説家、原田宗典氏のエッセイから軽めな言葉をひとつ。高低差で耳キーンとなってもらいますね。
さて、こちらは原田氏のエッセイ「スバラ式世界」に収録された、1989年に書かれた「ファミコン野球フリークスの遠吠え」からの一文です。原田氏は『スメル男』や『平成トムソーヤ』など文学とエンターテインメントの中間みたいな小説を書く一方で、楽しく読めるエッセイの名手としても有名な作家です。
このエッセイはそんな原田氏らしさに溢れており、「あー、80年代くらいに初めてゲームに触れる人って、こういう流れからハマることもあるんだよなあ」としみじみすることが書いてあります。
当時の原田氏は野球というスポーツが好きで、チャンスがあったら実際に草野球をやりたいなあ、と考えていました。しかし小説家は孤独な商売。なかなか9人で集まって野球をやる人間関係ができない。妥協して友達とキャッチボールをやろうにも、都内で出来る場所が限られている。野球がやりたいのになんにもできないじゃないか!そこで目を付けたのが、ファミコンの野球ソフトでした。
ここで原田氏が目を付けたソフトに僕はちょっと面食らいました。もうハードコアなゲーマーにとっては別の意味で伝説になってしまっているソフトだったので。
一番最初にファミコンのハードと一緒に購入したのは、ジャレコの『燃えろプロ野球87年版』というヤツである。後で聞いてみるとこれは名作のホマレ高き作品であるらしいのだが、そんなことは何も知らずに値段とパッケージのイラストだけを頼りに買ったものだった。

「バントでホームラン」バグで有名なあの野球ゲームかよ!
いや、いや、この僕の認識ははっきり言ってインターネットに毒された意見丸出しです。ダメです。最悪です。後世から当時の熱狂をこういう目で観るのは卑怯ですね。当時の『燃えろプロ野球』(以下、燃えプロ)はテレビの野球中継と同じカメラワークを持つ、リアリスティックな野球ゲームとして受け入れられていたわけですよ。
原田氏は「燃えプロ」のリアルな感動をこう語っています。
これによりゲーマーは、本物の野球中継を自分が操作しているウレシイ錯覚に陥れる。ストライクやアウトの表示も、テレビ中継そのままのものを真似ていてなかなかリアルだ。それにあの審判の、
「トライクッ!」
「アウッ!」
という金切声もスバラシイ。選手それぞれの構え方や投げ方も、何とか似せようという努力がありありと窺われ好感が持てる。中でも特にクロマティやホーナーなどは、思わず笑ってしまうほどよくできていた
これこそが当時の感動というべきでしょうね。今だったら『プロ野球スピリッツ』シリーズや『NBA 2K』シリーズに初めて触れた人が、同じようなことを言いそうな感動といいますか。
原田氏は『燃えプロ』をきっかけにファミコンにのめりこみ、RPGやSTGのソフトも買い漁るのですが、もっとも買い込んだのは野球ソフトばかりでした。そんな原田氏ゆえなのか、野球ソフトで世間の評価とは違う感想も出ていて面白いですね。たとえば『ファミスタ』シリーズに対してはこんな感じです。
『燃えプロ87』の次に買ったのは、ナムコの『ファミスタ87』。これもまあ一部に熱狂的ファンがいるらしいが、ぼくとしては少々物足りない気分が残った。ちょっと子供っぽいのである。
多分、野球ゲームとしては『ファミスタ』シリーズの方が有名になってしまったし、『燃えプロ』はバントホームランのバグで記憶に残ってしまっている……という現代から観ると、実際に草野球をやりたがっていた原田氏が、リアルな『燃えプロ』に感情移入するというのもよくわかる話なのです。
原田氏は『究極ハリキリスタジアム』や『スーパーリアルベースボール』といった野球ゲームの微妙さにあきれつつ、最初に感動したシリーズの(当時の)新作『燃えろ!!プロ野球'88 決定版』にのめりこんでいきます。
当然ぼくはこのゲームに熱中し、およそ一月で一シーズン分の試合数を消化した末にリーグ優勝を果たした。そして日本シリーズで西武と対決し、見事に覇者となった。すると優勝した者だけが見ることのできる画面が流れるのだが、この感動的なラストシーンを眺めている内、思わず感涙にむせびそうになったほどだ。
なんだかこのあたりの勢いは、読み返していてこっちが感動しそうになりますね。当初の草野球をやりたいという思いが、ゲームの野球によって巨大なドラマへ昇華。誰だよ「燃えプロ」と言ったらバントホームランだよね大騒ぎしてるのは!あ、『燃えろ!!プロ野球'88 決定版』はそんなバグはないか。
当の『燃えプロ』シリーズは現代でも『燃えろ!!プロ野球2016』として復活。しかし、インターネットのよくないゲーマーにも受けるように、往年のバントホームランバグを意図して実装していたりするのでした……。
原田氏が今も野球ゲームに触れているかは不明ですが、なんだか良くないインターネットに飲まれた「燃えプロ」の話は控えておこう、と思ってしまうのでした。いや僕が原田氏に会うかはわからないので、無用な気遣いですが。
それにしても、昔はいろんな会社が野球ゲームを出していたんだなあ……。日本国内ではコナミ一強になってしまった今読むと、野球というジャンルもまたゲーム史を盛り上げる一角だったと思い知らされますね。
三谷幸喜(劇作家、脚本家 1961年生まれ)「オンリー・ミー: 私だけを」から『三國志III』への言葉

僕の耳にははっきりと
「幸喜様ーっ」
と叫ぶ趙雲の声が聞こえたのだ。
TVドラマ「古畑任三郎」シリーズや、大河ドラマの「新選組!」、そして映画「ラヂオの時間」などなど、数々の人気作を生み出した脚本家の三谷幸喜氏。そんな三谷氏が、まだ上記の代表作を手掛ける前の時代に書いていたエッセイが「オンリー・ミー:私だけを」です。
このエッセイ集は1993年に出版されたもので、主に学生時代の恋愛から日常での失敗のほか、脚本家として締め切りに追われる難しさなどが書かれています。が、それくらいなら凡百のエッセイと変わらないですよね。三谷氏らしいのは、どのエッセイも、限られた文字数のなかで起承転結をくっきりと決めており、まるで短編のドラマみたいにも読めるところなんですよ。
「芸人は舞台の裏で練習してるだけじゃなく、日常でも喋りや体験から芸を磨いているんだ」みたいな話を聞いたことがありますが、三谷氏は毎日の暮らしもドラマの脚本にできるよう、日々、鍛えているんだなあ……と伝わってくるエッセイ集でもあるのです。
そんな三谷氏にとっては、ビデオゲームを遊ぶこともまた短編ドラマみたいに仕上がってしまうのでした。
三谷氏は知り合いから「スーパーファミコンの『三國志III』が面白いぞ」と聞いてから、三国志ファンとしてつい、忙しい時なのに触り始めてしまいます。結果、執筆に苦しんでいる連続ドラマや舞台の脚本執筆を投げ出してゲームにハマりこむことに。特に『三國志III』で強くハマったのは、次のゲームデザインでした。
何が面白いかって、それはやはり「新君主」のシステムだ。自分の好きな名前を登録して、歴史上の人物たちと競い合わせることができるのだ。もちろん名前は「幸喜」にした。中国風の名前でよかった。これが例えば「一朗太」では、今一つ三国志の世界に馴染まない。
三谷氏はこのシステムをおおいに生かし、自分の家来を “村岡さん”など知り合いや友人の名前にしたりしていきます。その中でもちょっと90年代っぽくて笑ったのが「面識はないのだが、中日の落合(※博満氏)」を「強そうだから」と唐突に家来にしたりも。あの頃、他にプロレスラーなり格闘家なりがいましたけど、野球選手を強さの象徴のひとつに見てるのも時代ですよね。

明らかに新君主システムを使った内輪ネタという、みんな一回はやるゲームプレイではあるんですが、三谷氏は三国志ファンらしくゲームのスタートは三国志の英雄、趙雲が仲間になる村からスタート。三谷氏は友達と落合博満、趙雲が揃ったどうかしている国を運営し、周囲の国を攻めていたところ、あの武将に攻撃されてしまいます。
その時だ。いきなり背後から曹操が攻めてきた。こっちが戦争を終えて国力が弱まっているのを知っていたのだ。兵力はほぼ三倍。しかも曹操と言えば三国志最大の悪役。到底勝てる相手ではない。村岡さんが華々しく討ち死にした。ゲームとはいえ、身近な人が死ぬのを見るのはやはり悲しい。今度本人に会ったら、心の中で、手を合わせておこう。大軍に城を包囲され、「幸喜」軍は大敗、僕は捕われの身になった。首をはねられるかと思いきや、意外にも助けてもらい、かくして放浪生活が始まる。趙雲もフジの鈴木さんも行方不明。
三谷氏はすべてを失い、またゼロから生き延びなければならなくなったところ、メッセージボックスに「趙雲が戻ってきました」と表示されたのを目にしました。その瞬間、三谷氏は強烈な幻聴を耳にします。
「幸喜様ーっ」
と背後から叫び声。趙雲であった。
「この趙雲、命ある限りどこまでもお供します」
ぐっと涙が溢れた。断っておくが、実際こんなシーンが画面に展開されるわけではない。すべてはこっちの空想だ。
これ、シミュレーションゲームやRPGをプレイした感動としてはいまだに僕の中でいちばん印象に残ってる一文ですね。ゲーム自体はデータのやり取りしか提示していないのに、プレイヤーの頭の中では、自分のゲームプレイから大きなドラマが広がっている。僕もこの感覚、『フロストパンク』を遊んでいた時にありましたよ。
三谷氏のエッセイには、そんな感動が余すところなく書かれています。もうドラマとして絵が浮かんでくるじゃないですか。荒野をうなだれて歩く三谷氏に声をかける趙雲が。演出スタッフもやりやすいですよ。
ただ、話は感動の趙雲との再開に終わらないところがいいんですね。
さて、その後の「幸喜」の運命は、放浪生活を続けているうちに、なんとフジの鈴木さんが曹操を殺して、君主になったという情報が入り(彼はどうやら捕虜から身を起こして曹操に仕えていたらしい)、さっそく趙雲と二人で会いに行ったところ、面会を断られ、逆に兵を差し向けられて、あっけなく殺されてしまった。人生、本当にわからないものである。
これが『三國志III』をプレイした話のオチ。起承転結がきっちりしてる!脚本のプロットみたいに収めてるなあ……三谷氏はゲームを遊んでいても脚本の力を鍛えてるんだなあ……たとえ仕事からの逃避だとしてもなあ……。ところで落合博満は乱世を生き延びられたんでしょうか?
黒沢清(映画監督、1950年生まれ)「映画はおそろしい」から『ミシシッピー殺人事件』、『ドラッケン』への言葉

このことは、TVゲームが商品なのか作品なのかという重要なテーマを含んでいる。
最後は映画監督・黒沢清氏のエッセイから。黒沢清氏は、人間を催眠によって殺人にいざなうサイコスリラー「CURE」や、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で監督賞を取った「岸辺の旅」、ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した「スパイの妻」など、世界的に活躍する監督の一人です。2024年には「Chime」、「蛇の道」そして「Cloud クラウド」などを立て続けに公開したことでも有名ですね。
実績を考えるとアートハウス的なホラー映画や犯罪映画で有名な監督とゲームの繋がりは考えにくいんですが、黒沢氏は今回挙げた誰よりも真正面からゲームの可能性について考察したテキストを残していたりします。それが2001年に出版された「映画はおそろしい」です。
本書は基本的には映画や他の作家についての考察や、黒沢氏が監督として実際に海外の国際映画祭で仕事した日々の記録などがメイン。そのなかでも異色なのが、ビデオゲームについての考察が丸々1章をかけて書かれていることです。
この考察は90年代初頭に、さまざまなメディアで書かれたものをまとめたものになります。その中には「そうなのだ。ドラクエII、あれは確かに凶暴なゲームだった……」など、『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』(以下、ドラゴンクエストll)の難易度をおおいに賞賛するエッセイも。
これが「RPGはキャラを育てるものじゃなくて、はっきり生きるか死ぬかの状況を乗り越えてプレイヤーが成長するものだよね」とあまりに死にゲーの面白さの真髄を突いているゆえ、僕も今年『ドラゴンクエストI&II』プレイレポートを書いたときに思わず引用してしまいました。
『ドラゴンクエストll』に対してこうですから、黒沢氏は(90年代初頭当時の)ゲームについて、基本的にはこういう認識で捉えていました。
ゲームとは、元来冷く情容赦のないものだ。高得点した者が勝ち、失敗すればゲーム・オーバーとなる。未熟でヘタな者はどんどん切り捨てられるというわけだ。
黒沢氏は映画監督という立場ゆえか、小説と映画はどう違うのか?などそれぞれの表現ごとの違いについてもよく考えているんですよね。各ジャンルならではの表現で、どのように作品を成立させられるかへの問いかけを常に行っています。その姿勢が、黒沢氏の映画の独特さにも繋がっていると思います。
そこで黒沢氏はゲームについて上記の認識を前提に、ゲームがどのようにして作品たり得るかについても、かなり掘り下げています。たとえばひとつの作品を成立させようとしたとき、小説と映画についてはこのように考えていました。
諸君は小説がなぜ過去形で書かれているのか御存知だろうか。これは、しょせん作り話しであることを少しでもゴマ化すために考え出されたテクニックなのだ。(中略)過去形には、何かしらそういうもっともらしい雰囲気が漂う。(中略)小説は過去形で書かれることによって、広く読者の心をとりこにする。人間はどうも、もっともらしい物語というやつが大好きな種族らしい。
黒沢氏は小説の語りに対して、自らのフィールドである映画に対してはこう考えます。
しかし、例えば映画の場合、過去形なんていう気の利いた文法がないから、たいへん困ってしまう。(中略)カメラは、ほっておくと物をただただリアルに撮るだけの機械だ。だから、ドキュメンタリーの場合はよいが、嘘でぬり固められた物語の場合、フィルターをかけたり、ワザと奇妙なロケ場所を選んだりしてそのリアルさを消してゆかないと、どうにももっともらしく見えないのだ。
このように黒沢氏は小説と映画の特性を踏まえた上でゲームの作品性について考察します……って、ここでインターネットに漬かりすぎたゲームファン的に驚くタイトルが出てくるんですが……。
さて、ではテレビゲームの場合はどうか。僕はかつて「ミシシッピー殺人事件」というアドベンチャーゲームをやっていて、ムショウに腹が立ったことがある。

理不尽ミステリーとして有名なあのゲームかよ!
いや、いや、この僕の認識ははっきり言ってインターネットに毒された意見丸出しです。ダメです。最悪です。後世から当時の熱狂をこういう目で観るのは卑怯ですね。続き、いきましょう。
よくある自分が探偵になって犯人を当てるやつだが、様々な証言を聞き、証拠品を集め、着々と捜査を進めていった僕は、ついに容疑者を二人にまでしぼった。一人は、ほとんど間違いなく犯人であろうと思われるAという人物、もう一人は、可能性は薄いが、とりあえずシロである証拠もないBという人物。(中略)よしよし。僕はいつの間にか、ほとんど探偵になりきっていた。では、手始めにBを告発してみよう。
(中略)するとどうだ!画面に表示された文字は、何と “ゲームオーバー”。 “Bではなかった。別な奴を探せ”というんなら納得できる。(中略)しかしゲーム・オーバーはないだろう。何だか “お前はしょせんゲームをやってたんだろ?だからゲーム・オーバーで何が悪い”と居直られたようで、すっかり気分を害してしまった。
いや、この唐突さは黒沢氏の映画「CURE」で起こる唐突な殺人みたいな味わいはなくもないのですが、まあ出来がいろいろあった『ミシシッピー殺人事件』にかけられやすい批判のひとつのようにも思えます。しかし、黒沢氏は話をここで終えません。
これは、たかがゲームと知りつつも、時に素早く、時に慎重にボタンを押す作業が、単なる “アガリ”を目指しているのではない、もっと何か、ひょっとすると人生にとってささやかではあるがカテとなるかもしれぬ充実といったものがそこに見だせるのではないか。と思って金と時間を費やしているプレイヤーに対する明らさまな裏切り行為である。
(中略)ひょっとして次こそは――と思って再びそのゲームにいどむには、次は自分が勝者かもしれないという嘘が絶対に必要だ。そして、その嘘を、嘘と知りつつ、とりあえず信じて見ることを可能とするのは、何らかの “もっともらしさ”以外にない。
黒沢氏はこのように、「この作品はゲームでしかありませんよ」という粗さが露呈した瞬間に冷めるという、やはりゲーマーも経験しているであろう問題を指摘。どうも黒沢氏はゲームを単なる競技的なやりとりをするものだけではなく、ゲームがどのように小説や映画のような “もっともらしさ”をどのように持ちうるのかを考えているのです。
そんなゲームの作品性はどこから生まれるのか?続いて、黒沢氏はフランス産のRPG『ドラッケン』をプレイしたとき、「攻略に関係あるのかわからないゲーム中の謎」に遭遇し、このように考えていました。
「ドラッケン」の中で、 “十字路に立って呪文を唱えよ”という情報が手に入る。これはいかにも重要そうな言葉だから、当然メモしておく。ところが、それがいったい何のことだったのかはついにわからないまま、物語は終わってしまうのだ。
(中略)思い起こせば「マザー」に出てくる少女の母親にまつわる謎も解けなかった。「ドラクエIII」のどこかの島で、家の屋上から続いている一本道も通ることが出来なかった。(中略)この手の “最後まで解けない謎”、それにしても、こういう現象はいったいどうやったら起こるのだろうか。
昔のゲームでありがちだった、作りっぱなしであんまり処理していない要素だったのでは……。と思わなくもないのですが、黒沢氏は「解けない謎は、意図的に仕組まれているのではないか?」と考え、むしろゲームの瑕疵から興味深い考察を続けていきます。
つまり、この種の謎には最初から解答がないかもしれないということだ。現実の世界には、解けない謎はいくらでもある。そのことに苦悩する人や、ぜんぜん平気な人や、独特のやり方で正解を見つけてしまう人や、いろんな人がいる。作者は、そういう “世界のあり様”をRPGの中に持ち込もうとしたというワケだ。特に「マザー」はこの可能性が高い。
そして、黒沢氏は冒頭の一文を含んだ重要な指摘をします。
このことは、TVゲームが商品なのか作品なのかという重要なテーマを含んでいる。商品なら、例えばカメラでも車でもいいが、何の役に立つのか最後までわからないスイッチなんて根本的にあり得ない。しかし、作品なら、例えば映画や本だが、作者がなぜそうしたのか最後までわからないということがしばしばある。世間ではそれを作家の個性や才能の産物とみなし、芸術と呼ぶのである。
どうでしょう?興味深い問いじゃないでしょうか。この「商品か作品か?」という問い、今でもはっきりとした答えは出ていないんじゃないでしょうか?ゲームでも個人のクリエイターが台頭しやすい世の中に変わったとしても、依然として “作品”と言い切れるものでもありませんし。
黒沢氏は、このようにゲームならではの作品性を考察したあと、これからのゲームに対してこのようにまとめています。それは黒沢氏のテキストから数十年が経ったいま読んでいても、僕自身がゲームに求めるものそのものでもあるので、驚いたのでした。
僕たちプレイヤーも、臆せずに声を大にして宣言しようではないか。僕たちは面白いゲームを望んでいるのではない。ゲーム以上の、ゲームを越えた何かを望んでいるのだ、ってね。
中学生か高校生ぶりに、村上龍氏や黒沢清氏たちの言葉に触れ直すと思うところは多いですね。彼らの言葉はビデオゲーム産業に漬かり切っていないゆえの言葉でもあるし、小説家や映画監督という立場からゲームについて考えている。分野違いの人間が語る、ちょうどいい距離からの言葉じゃないかな、と思うんですよね。
今回、書ききれなかったですが、他の上の世代では解剖学者の養老孟司氏や、落語家の三遊亭円丈氏、アニメ監督の押井守氏などもゲームについて興味深い言葉を残していますので、ぜひ探してみてください(この文章が評判よくて、また第2回をやることがあったら次は彼らの言葉を書いてみます)。
いまは小説家も、映画監督でも、ビデオゲームにフレンドリーな作り手は多くなりました。SF小説を書く方などもフレンドリーですね。ゲーム研究まで読み込んでたりすることさえありますし。ただ、そうした方々のゲームについての書き物から感銘を受けることって少ないです。
ただ昔、僕が読んだ4つの言葉からは、いまだに思うことは多いです。まだゲームが謎の存在でもあったころに、その感動も、疑問もまっすぐに書いているからかもしれません。














