本記事は『サブノーティカ2』のドキュメント内容に言及しています。
十分に進行した上でお読み下さい。
紆余曲折あったものの先日ようやく先行アクセスにこぎつけた『サブノーティカ2』。4K世代の映像美は海中の臨場感を格段に向上させていて、真っ暗な深海で道に迷う恐怖は何度やっても慣れないものです。正式化まではまだまだ遠い道程ですが、未知との遭遇に慌てふためく体験をいち早く試したいなら躊躇わず海に飛び込んで損はしないでしょう。

本作のプレイヤーはアルテラコーポレーションと契約を結んだ「元モンゴル共和国」の人間です。保存された「魂」を基に何度でも生き返らせられる回生のシステムと共に、未知の海洋惑星を探索していきます。
武器を主体とした企業国家アルテラと、中華圏から分離したモンゴル共和国の関係は前作のドキュメントでも記載されており、戦争で負けたモンゴル共和国は解体、住民は「負債」という形で実質的な奴隷状態に置かれています。歴史上のモンゴル帝国では拡張征服の過程で征服と奴隷獲得が行われていただけに、このような構図は皮肉的に見えますね。無論それで金は命よりも重いアルテラの外道振りが許されたりはしませんが――。
モンゴル共和国では専門性に応じて称号が与えられており、そこから社会制度の一端がうかがえます。

クリルタイ(クルル)Kurul:モンゴルは諸部族の合議制を採っており、そのための集会を「クリルタイ(クルル)」と呼びます。チンギス・カンが諸部族を束ねるカンに認められたのもこのクリルタイで、『Subunautia』世界のモンゴル共和国も、宇宙入植のコロニーを部族に見立てて同様の政治形態を採っていたようです。
ノコル Nokhor:血縁の集団から離れ、フリーランスとしてカンなどの指導者に仕えた者。チンギス・カンはノコルを側近として多く抱えていたと言います。
バガトル Bagatur(Baghatur):勇者を意味し、武功を多く挙げた者に授けられる称号。中東からアジア圏にかけて強い武人の代名詞として広く用いられました。

今作における「魂」と、無限に再プリントされる肉体の関係は仏教的な輪廻転生を彷彿とさせます。モンゴルでは主にチベット仏教を信仰しており、前世の記憶を持って転生する「ラマ」の存在が広く信じられています。最も有名なダライ・ラマも、その称号はかつてのモンゴルから授けられたように、その繋がりは歴史的にも深いもの。近年は政治的な駆け引きに巻き込まれてややこしいことになっていますが、菩薩や如来の化身として、衆生を導くために人間として何度も生まれ変わる存在です。
ネガティブな見方をすれば、プレイヤーはアルテラに魂を囚われて永遠の責め苦を受ける地獄、しかもアルテラの身勝手で理不尽に放り込まれた地獄であり、この不当な抑圧で人権を奪われたプレイヤー達の構図は、欧州の中南米入植にも似ているように思います。

そんな彼らの目指す希望として「ジュビリー」という言葉が登場します。ジュビリーとは旧約聖書に記されている「ヨベルの年」を指し、神はモーセへ以下のように預言しました。
あなたは安息の年を七回、すなわち七年を七度数えなさい。七を七倍した年は四十九年である。 その年の第七の月の十日の贖罪日に、雄羊の角笛を鳴り響かせる。あなたたちは国中に角笛を吹き鳴らして、 この五十年目の年を聖別し、全住民に解放の宣言をする。それが、ヨベルの年である。あなたたちはおのおのその先祖伝来の所有地に帰り、家族のもとに帰る。 五十年目はあなたたちのヨベルの年である。(レビ記25:8~11)
この50年を節目にして、自分たちの手を離れた伝来の土地が戻り、負債は取り消され、奴隷になって抑圧された人々が解放されるというのです。ゲーム内で言及された「かつてバビロン王は、即位したときにジュビリーを宣言した」とは、おそらくキュロス2世がバビロン捕囚のユダヤ人を解放した「キュロスの勅命」の勅命を指していると推測されます。この勅命によってユダヤ人はエルサレムへの帰還が叶います。現代でもジュビリーは恩赦の年として様々な政治的行動に結びついています。それ以外にもアニバーサリーイヤーとしても用いられるので、時々見かけることもあるのではないでしょうか。

アルテラの手からモンゴル共和国の住民を解放し、自由を取り戻す。それを実現する何かが本作におけるジュビリーであり、ここで何が起きたのかを探る鍵となるでしょう。それにつけてもアルテラってろくでもないですね!











